コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 風立ちぬ(2013/日)

この時代の為の夢いっぱいな映画。
steeling

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







まず前提として、この映画はノスタルジー扱った映画でも戦争に関してどうこう言う様な映画でも、家族の愛を語った映画でもない。 空を自由に飛びたいな、と竹とんぼみたいなアレを持ち出したくなる様な誰もが一度は考える妄想。 そこに辿り着く事に魅入られた男の物語であり、つまりそれは夢についての映画であり 何よりも夢に辿り着く願望、たとえその先が九試単座戦闘機という負の面を持つ産物であろうがその業すら飲み込んで力強く肯定する映画である。

二郎は夢を見ている、というより夢に魅入られている。カプローニ伯爵は二郎を引き込むその親玉だ。 鯖の話だろうが、菜穂子との逢瀬だろうが、彼は常に飛行機と空への意識が優先されていて、現実とか大事なモノからちょっとずれている。 二郎は文字通りいつだって飛ぶ事に夢中なのだ。その夢は二郎をどんどんと先に進ませる。 だが同時にそれは二郎の業であり、地獄に向かう呪いでもある。

夢の呪いを体現するのは菜穂子だ。 おおよそ恋愛としての細やかな描写は少なく、空に向かって突き進む二郎に彼女もまた魅入られていく様に結婚に向かう。 キャンバスをこれ以上血で汚したくない、美しい夢を求める心が最後に彼女を動かし、彼女は夢に飲み込まれた。 そして共犯者として夢に殉じる事で菜穂子自身も二郎の夢の中で出会い、夢に混じって消えた。

この夢を軸とした展開の是非はそもそも人によっては全然ノれない可能性もあるだろうし人によりけりだろうが、 それは置いておいても相変わらずのメカフェチ、美少女フェチっぷりは標準装備かつ その上で演出や細かな美術がこの作品では本当に素晴らしい。 地震のシーンの本物より本物らしい揺れる感覚や、タバコを吸う所作の美しさ、 今回は動きは控えめにしているからか、キャラ達の目の力強さも印象的。

そして基本は絵画調で、それが印象派調になったり3Dを取り入れたりとコロコロと変わるが、美しく統一感を持って見せられる背景の美しさ。 何度もリフレインする久石譲による古き良きヨーロッパ映画調の音楽もこの落ち着いた物語にマッチしており、 二郎が道化じみた演技をするシーンでも古典的な音の使い方ながらとても好ましい。 この映画が戦争や死と隣り合わせかつ、基本的には悪い方向に向かっていく作品とは 思えない程のエレガントさをこの作品が携えてるのは、この辺りの要因が強い様に思える。

声優の演技に関しては二郎役の庵野秀明に賛否両論あり、序盤は自分も少し首を傾げたくなった。が、10分程で違和感も無くなった。 そして最後の夢での演技の生々しさは本当にそこにいる様な存在感を持っていて、これが出したかったのか、と納得がいったので個人的にはアリ。

総じて地震だろうが不景気だろうが戦争だろうが、自分も夢になれる様に、夢に飲み込まれるまで夢を持ち続けて生きねば。 齢七十歳を越えた爺さんから大人に送る夢についての、今だからこそ逆に投げ込める過激かつド直球なメッセージ。 ハッキリ言って思想としてはとんでもなく歪んでいるが、だがそれ故にどこまでもロマンチックな主張だ。 そしてそれこそ、映画で描くに値する何かだ。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (7 人)Orpheus[*] ALOHA[*] ロープブレーク[*] けにろん[*] DSCH[*] ゑぎ[*] 赤い戦車[*]

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。