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[コメント] ブリッジ・オブ・スパイ(2015/米)

信念を持ち逆境に立ち向かう不屈の男の物語。それにしてはこの映画のトム・ハンクスは孤立感が薄い。反権力のようでいて権力に寄りかかりすぎている。また交渉と対話の映画である以上仕方ないとはいえ、この映画には基本的に話せばわかりあえる人間しか出てこない。対話不可能な恐怖は描かれていない。これではサスペンスも盛り上がりようがない。
Sigenoriyuki

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







雨の中の追跡劇や東ベルリンで不良に絡まれる場面はサスペンスや暴力シーンを予感させるがどちらも肩透かしに終わり生殺しもいいところである。中盤のトム・ハンクスの演説と偵察機出撃シーンのクロスカッティングは何がしたいのやら、まるで意味がわからない。おまけにこの場面の音楽が感傷的で観客を一つの感情に誘導しすぎており辟易する。その後の偵察機撃墜シークエンスはスティーヴン・スピルバーグらしい執拗さだとも思うがさして出来が良いとも思わないし、そもそもこの偵察機の撃墜は予めトム・ハンクスが予告しているため驚きも軽減されている。また同じようにトム・ハンクスの家族はソ連スパイに忠告を受けた次の場面で即襲撃される。ためもなければひねりもない、つまらない。こういう予言的台詞を入れるならその予言の内容からずらした予想外の展開へ向かわせるのが常道だと思うのだが。ラストの絵画の使い方や帰宅の場面はその種の映画好きへの目配せのようで小賢しい。

何よりもがっかりしたのはベルリンの壁を越えようとする人々が銃殺される様を電車の中から見下ろす場面である。トム・ハンクスも他の乗客も同じようにこの痛ましい事件にショックを受ける反応を見せる、これではダメなのだ。このような場面では主人公はショックを受けるが他の乗客は平然としており異常な価値観に支配された世界であると印象付ける、あるいは周りの人間がショックを受ける中主人公だけは見向きもせずに黙っている姿を見せる、このような演出をするべきなのだ。事実がどうであったかなど関係ない。多くの人間が同じ一つのものを見ている時一人だけ違うものを見ている、あるいは誰も見ようとしないものにただ一人目を向けている。映画の主役とはそうであるべきなのだ。

結局のところこの映画のトム・ハンクスは一見確固たる信念を持ち世間と対立しているように見えながらその価値観や認識は世間とほとんどずれがない。この映画では誰もが国を愛しそのために行動し、それが当然である。人間は皆同じ目的を目指しておりいつかわかりあえると信じ込まれている。多種多様な価値観の対立はない、あってもすぐ忘れられる。だからトム・ハンクスはラストで平然と家族に受け入れられ、猜疑の目を向けていた他のアメリカ国民からも英雄として賞賛される。これが嘘だとは言わないが(そもそも実話なのだが)、映画として見ていて面白いとは微塵も思わない。

(評価:★2)

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このコメントを気に入った人達 (5 人)ユウジ DSCH 赤い戦車[*] ぽんしゅう[*] Orpheus

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