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[コメント] ラルジャン(1983/スイス=仏)

カメラを持った男』(1929) ×「ドストエフスキー」(1821-1881) の直系です。
Sōjun

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ここには事実があります。演出がありません。

湖のランスロ』(1974)はさらに顕著です。

あるのは運動です。場面の始まりと終わりをハッキリと切り取り主題が撮影対象の運動であることをしばしば強調します。カメラは動作に動作である以上の意味を与えません。

役者もカメラに協力的です。ブレッソンさんは役者に演技をさせません。何度も繰り返す内に生気が抜けた所を撮影しています。人間がただの運動になるのです。ただの事実が動いているから感情を移入し価値を判断する隙がありません。だからシーンの間に未練がありません。

ところで時間とは何でしょうか。カメラを回している間 流れているものです。したがってカットされる毎に始まった時間は終わります。また時間は撮影対象ととも発生し消えていきます。つまり映画とは生滅を繰り返す撮影対象の記録です。

その対象がただの運動であったらどうでしょうか。試しに人が右から左へ歩いて止まるのをイメージして下さい。それを繰り返してイメージして下さい。生まれて死ぬのを見ているだけに感じるでしょう。

本作を鑑賞後 なんとも言えなく「カラっぽ」に感じた方がいるかもしれません。私は何を見ていたのだろうと感じたかもしれません。それは当たっています。「誰も」見ることが無い画面だからです。ただの観察を促しているからです。

ただし 例外があります。主人公が自白を決意した理由は動作を見てもわかりません。動機も明確ではありません。彼は静かに自分の心を見つめて答えを出しました。

これが本作の希望です。そして私たちの希望です。彼の動機は映画を見た自分自身の心を観察すると見えてくるものだからです。

「誰か」が見る必要はありません。「そのまま」受け取ればいいことです。目の前に起こっていることも 自分の心の中も。

ありのままに見る感覚を体験できる映画の中で最も優れた作品です。

私の大切な1本です。

◎撮影

◎テーマ

(評価:★5)

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