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[コメント] ルパン三世 ルパンVS複製人間(1978/日)

ルパンという仏 - とても仏教的な話。
寛田宗純

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







冒頭首吊りの後の仏像はギャグかと思いましたが 最後まで見るとマジメなテーマだったことがわかります。

マモーとルパンは対照的です。

死に抗うマモー。意に介さないルパン。 不老不死を夢見るマモー。夢そのものを見ないルパン。

マモーは人類の歴史‐文明文化を保存してきました。 その中でも西洋美術は 人間に偉大な価値があることを象徴しています。 そして偉大なものには生かす意味があり 自身もその一つだと考えています。

しかし本当に価値があるのでしょうか。 本作は疑問を投げかけます。

分かりやすいのが 焼かれながらも不二子を求めるマモーの姿です。 脳になってまで生きようとしている事です。とても醜く描かれています。

一方 ルパンは欲望に生きてるようで 実は欲望が小さいのです。 頭の奥底が「無」であり 生命の根本欲求である性欲があるだけです。 それ以上の望みはあまりありません。 仏教的に言えば 執着がありません。

また この映画の最後はルパンと銭型が肩を組んで逃げる場面で終わりますが これは 生と死の因果を認められないマモーに対比されています。

2人がくっ付いているのは 「追う者」と「追われる者」が2人に必然の 関係性であることの隠喩です。 つまり生も死も 追うも追われるも 一つの現象の二つの性質であって元は一つであるということです。 「縁起」「輪廻」の考え方です。

*(小書き:お釈迦さんは魂を認めていません。輪廻転生とは体を構成する元素が輪廻することを指します。)

「マモー、感謝しな。やっと死ねたんだからよ…。」 ここには憐れみがあるだけです。生に執われている彼に対してです。 大袈裟に言えば 「ルパンという仏」の慈しみの言葉です。

◎脚本。

(評価:★4)

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