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[コメント] 花よりもなほ(2005/日)

是枝の「9・11」
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







本当に時代劇がやりたかったのかもしれないが、是枝が本当に言いたかったのは「復讐による憎しみの連鎖を断ち切る」ということであろう。それに最も適した舞台を選んだら時代劇だった、という方が適切な気がする。

ならそんな間接表現しないのが是枝ではないか、とも思えるが、実は是枝は今まで「事件そのもの」を描いてきたわけではない。ドキュメンタリー出身であることとその語り口から誤解されているようだが、事件の事前談であったり事後談であったりと、結果からその背景やその後を探る(想像する)のが好きなのである。 であれば、必ずしも直線的な事前談、事後談であるとは限らない。少し飛躍して架空の舞台を用意しても不自然ではなかろう。

「仇を見つけるのは10年かかるか20年かかるか。」 おそらく是枝は山中貞雄を手本としたのであろう。

百萬両の壺』の現代性と『人情紙風船』の要素を掛け合わせた結果は、中途半端に終わったというよりも、真正面から時代劇に挑む「照れ」が感じられる。要するに、本当は時代劇じゃなくてもよかったのだ。山中貞雄がそうであったように。 しかしその一方で、「九郎判官義経」と並ぶ日本人の復讐美意識の中核「忠臣蔵」を持ち出すことで、「憎しみの連鎖を断ち切る」ことを抽象論から具体化させるという狙いもあるだろう。「この時代」を選んだ必然性は感じられる。

そう考えれば、極めて是枝らしい映画である。唯一違うのは、今までほとんど「一人称」で映画を作ってきた彼が、集団劇に挑んだ点である(多人数映画はあるにはあったが、『ワンダフルライフ』は一人称の集合体であり、『ディスタンス』は集団自体が一つだった)。 そしてそれは、思いの外、よくまとまっていたのだ。

何度か書いているが、この監督が好きなのは「明るい未来」ではなく「後ろ暗い過去」である。トラウマを抱えた人間を動かすのが好きなのである。 この映画も決して例外ではない。 だが、今までの映画のような不快感はない。 むしろさわやかだった。 いや、素直に面白かったよ。

(評価:★4)

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