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[コメント] グエムル 漢江の怪物(2006/韓国)

俺が韓国人だったら面白かったかもしれない。
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ネタバレを避けるために言葉を選んだ結果、『殺人の追憶』と同じコメントになってしまったが、本質的には同じ感想である。

ポン・ジュノという監督がやりたいことは、現代社会を揶揄することである。

彼が描きたいのは、事件の裏に見え隠れする人間を描写することでもなければ、もちろん怪獣(怪物)でもない。 彼が切り取りたいのは、社会(ことに韓国に対する)という「風俗」だ。 それは、大卒ウンヌンやデモに関するクダリ、役人の袖の下など、様々な所に見え隠れする。 「俺が韓国人だったら・・・」という理由はそこにある。

同じ韓国人でも、ホ・ジノやキム・ギドク、あるいはパク・チャヌクなども現代韓国風俗に関わる描写が出てくるが、それはあくまでスパイスにすぎず、彼らが描く最終到達点は「人間」であり、もっと本質的な「何か」である。

さらに腹立たしいのは、この監督、社会に対して「パンチ」を喰らわせる気は無い。あくまで「揶揄」なのだ。 分かりやすい例は怪物の発生原因。初代ゴジラや平成ガメラの発生原因は、社会に対するパンチだった。だから「最後の一匹とは思えない」「敵に回したくない」という言葉が生きるのである。そこがSFなのである。

この怪物とそれを巡る事件を「(韓国)社会の矛盾」と見ることは容易である。 だが、その原因であるアメリカ人の指示と、家族が解決することに、本質的な意味は何も見えてこない。だから単なる「揶揄」にすぎないのだ。 それとも、韓国人だったら「アメリカ」と「家族」の因果関係に納得するのだろうか? この怪物が、高度経済成長と因果関係を持つヘドラだったら、「パンチ」だと納得できるのだが。

結論を言えば、部分部分は巧いと思うのだが、この監督の描きたいものはどうも飲めない。ことに人物造形は好きになれない。

私は、「社会に適応出来ないダメっ子」には感情移入するが、マヌケやバカは嫌いである。 ぶっちゃけ、バカのおかげで娘がさらわれ、バカのおかげで父親が命を落とすのを見て、何に感情移入しろというのか。単にお話し転がすための「ご都合主義」じゃないか。タンパク質なんかどーだっていいんだよ! しょーもないお笑いなんか期待してない。いや、これが底抜けコメディーってんだったらいいけどね。実際、怪物を倒すシーンなんて腹を抱えて大爆笑したから。 ああ、分かった。韓国の笑いって、「バカ・マヌケ」で取る笑いだから嫌いなんだ。

今にして思えば、『宇宙戦争』はよくできていたな。

(評価:★2)

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