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[コメント] ぐるりのこと。(2008/日)

アーティスト橋口亮輔が描く人間模様の天井画。大作。日本三大不幸女優の一人・木村多江ファン必見!
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







この映画には二つの側面からアプローチしたい。 一つは物語を真摯に受け止めるスタンス。 もう一つは邦画ファンあるいは日本のドラマファン垂涎の地味な豪華キャストに関するウヒウヒスタンス。 まず後者から語ろう。いや語らせてくれ。

なんといっても主演は日本が誇る三大不幸女優の一人と私が命名した木村多江ですよ(あと二人はいしだあゆみと桜井幸子ね)。 柄本明と寺田農が一つ画面にいるだけでいいね!と思うのに、オッ!加瀬亮!ウヒョー!光石研!やっぱ悪女は横山めぐみだよね。誰だこれ?え?片岡礼子様?礼子様だよ。新井浩文やるなあ。リリーの先輩はキムニールヤングだし、怒鳴り込んでくる隣の住人は江口のりこだ。田中要次と佐藤二朗が鍋囲んでエロ話してるよ。最高だな。

このように、同日公開の『ザ・マジックアワー』に勝るとも劣らない豪華キャスト(ただし地味)は、マニアにとってニヤニヤ観られる要素。 しかし、その映画の内容、物語は大変重く、読み解くのも受け止めるのもニヤニヤしている場合ではない。実際泣くほど痛い映画だった。一緒に観たヨメは映画半ばで泣き出し、約1時間泣き続けて映画が終わったらグッタリしていた。

これは“絆”の物語なのだろう。 主人公夫婦の絆を軸に、様々な人間模様の絆が、天井画の如くはめ込まれていく。 法廷で描かれる人々はどこか“絆”を失った人たちに見える。

そこに“子供”というキーワードが入ってくる。 夫婦が失った子供。そして裁判所で裁かれる多くの事件が、子供を殺害した罪を裁かれるものなのだ。それが夫婦の(そして木村多江)の原罪としてのしかかる。

さらに“逃げる”というキーワードも入ってくる。 例えば新井浩文に「継母のくせに」と罵られる女性。彼女の手首には傷がある。自殺未遂。逃げることに失敗した女。 その他にも、倍賞美津子の夫、リリー・フランキーの父、果てはとんかつ屋に至るまで、“逃げる”ことと“逃げない”ことが、“絆”の物語の中で折り込まれていく。

そこに“絵を描く”というキーワードも入ってくる。 リリーは法廷画家として“社会の暗部”を描く。 木村多江は自分のためだけに“美しい物”だけを描く。 それは“死と生”の対比でもある。 両者とも背景を描かず、対象物だけを白いキャンバスのまん中に描く。

ハッシュ!』でも同様だったが、橋口亮輔の映画は、どこか“希望探し”の映画のような気がする。

6年の歳月を経て(その間、橋口亮輔自身鬱病だったそうだが)、その視点はより広く(社会的に)、より(人に対して)深く変化したようだ。 鬱病の同性愛者という社会的にはアウトローとも言える監督は、むしろアウトローの視点だからこそ見えているものがあるのかもしれない。それはもうアーティストの素養だ。

「父親が首吊り自殺した時に母は泣いていたが、自分を納得させるためだったんだと思う」と言い放つリリー。 橋口亮輔は時折ハッとするような台詞を書く。

(評価:★5)

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