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[コメント] トム・アット・ザ・ファーム(2013/カナダ=仏)

嘘と自覚とDV。弱冠25歳の天才「平成生まれじゃん!」でおなじみグザヴィエ・ドランの恐るべき若造っぷりをまざまざと見せつけられる映画。
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







いきなり終盤のネタバレを書きますけど、一人の女が物語に投入されます。主人公の主観で進んでいた話が、主人公を客観的に見る人物が登場することによって、観客も一緒に(初めて)主人公を客観視できるのです。そして「ああ、これがDVだ」と気付かされるのです。

言わばミステリーの手法で、悪く言えば何でもかんでも「後から分かる」手法なんですが、実は肝心なことは明かしてくれない。それはもう観客に委ねられる。「衝撃の結末!」「わー!ビックリ!」ではなく、観客はじっくりと思考を巡らせなければならないのです。 例えば・・・

友人の死因は結局明かされないままなんですね。母親が「事故って何よ!」と泣き叫びますが、おそらく母親には伝えられない、アレ絡みの死因なんでしょう。ゲイ仲間との恋愛のもつれで刺殺されたとか、蔑視する者らに嬲り殺されたとか。

そして母親は、死んだ息子の性癖をおそらく知っていたと推測されます。正確には、知っていたけど受け入れられなかった。知ってしまった自覚すらなくしていたかもしれません。 母親は執拗に「息子の彼女」の話を聞きたがります。葬式に来ないことにこだわり、電話で話した(嘘の)内容をやたら聞きたがる。普通、生きていた証は他にも多々あるはずです。仕事仲間というトムが来訪しているんだから、聞くことは他にもっとあるでしょう。しかしこの母親が異常に知りたがるのは「息子の彼女」のことばかりなのです。

もう一つ明かされない点として、兄のことがあります。 彼が街の嫌われ者である理由は、飲み屋のバーテン(グザヴィエ・ドランの実父が演じている)から語られますが、じゃあどうして兄がそれほど逆上したのか、その心情は明かされません。 いくら閉鎖的な街で噂が怖くても、そこまでズタボロにしなくてもねえ、って思いません? きっと、触れられたくない点に触れられたのですよ。 推測するに、この兄自身にもソノ気があったか、あるいは美しい弟を溺愛していたか。一部の解説では「母親が弟ばかり愛したがために曲がってしまった兄」的な書かれ方もしていますが、いやあ、それだったら兄弟でタンゴ習ったりしないでしょ?もしかすると、あの赤いドレスも弟のために買った物かもしれません。兄は「自覚」していたのか、あるいは痛い所を突かれて初めて「自覚」したのか、それは分かりませんけど。

その一方で、ハッキリキッパリ観客に明示するものもあります。 主人公トムが恋人の死をメソメソ悲しんで物語が進行しますが、前述した“主人公を客観視する人物の投入”によって、「恋人はバイ」「しかもヤリ珍」「お前、恋人なんかじゃなかったんだよ」ということが明かされます。 この段階で驚愕なんですが、DVで精神がまいっちゃってるトムは受け入れられないんですね。 怖っ! 恋人を亡くしたことで自分の居場所を見失っているのに、その根底も崩れてしまうのです。怖っ!

この映画で描かれるのは「嘘」と「自覚(あるいは受け入れること)」ではないかと思うのです。 物語の表面上は登場人物たちのつく「嘘」ですが、直接描かれないその背後には登場人物たちの「自覚(無自覚)」が流れている。

いま私の最もお気に入りのグザヴィエ・ドラン。 これまで私小説的な話ばかりだったが、こうした原作物も自分の土俵で描けることに感心した。

(14.10.25 新宿シネマカリテにて鑑賞)

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)水那岐[*]

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