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[コメント] 2重螺旋の恋人(2017/仏)

フランソワ・オゾンの「クローネンバーグやってみよー!」あるいは「ケン・ラッセルやってみよー」の巻。
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







「人間の二面性をテーマにした」とオゾンは言っているそうですが、映画の意図は主人公の「心」を視覚化することにあるように思えます。 螺旋階段とか鏡とか美術館とか挙げればキリがないと言うか、ほぼ全編計算ずくで主人公の心象風景を描いている。

ところがこの映画、主人公と語り部が同一人物(クロエ)なんです。そしてその主人公(語り部)が精神を病んでる設定なんです。ということは、現実でも妄想でも夢でも何でもあり。つまり我々観客は、信用出来ない者の話をずっと観せられるわけです。

例えば鈴木清順『ツィゴイネルワイゼン』、あるいはアラン・パーカー『エンゼル・ハート』、M・ナイト・シャマラン『シックス・センス』、枚挙にいとまがありませんが、観客は語り部を「真っ当な人」と信じて観ている。作り手は語り部を信じるように観客を仕向けている。そうでないと話が成り立たない。 語り部を最初から信用できないから、どんなに流麗な画面を観せられても、「どうせ妄想なんだろ」「どうせ夢なんだろ」「どうせ嘘なんだろ」って思って観てしまう。

それと、先に「計算ずく」って書いたけれども、これがクローネンバーグだったりケン・ラッセルだったり、監督自身がある意味イっちゃってる人の(つまり計算外の)映画だったら楽しめたと思うんです(世評はともかく)。だってこの人達、変態だから(そう考えると、先に名を出した3人もそうだな)。

オゾンはねぇ、残念ながら変態じゃないんですよ。 どちらかというと、クローネンバーグよりソダーバーグに近い。計算ずくでいろんなアプローチができる。それが持ち味ではあるんだけど(それ故逆に天然の変態作家に憧れるんだろうけど)、今回の話は向きじゃない。というか越えられない壁がある。

もしこの映画にオゾンの変態性を見出すとしたら、本当は自分が美人双子姉妹と3Pしたい願望の裏返しなんじゃないのか?ってことくらい。村上春樹の小説か。208と209。

(18.08.09 ヒューマントラストシネマ有楽町にて鑑賞)

(評価:★3)

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