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[コメント] クライ・マッチョ(2021/米)

星条旗を描き続ける作家=イーストウッド御大が選んだ安住の地。幸福な映画でありながら、ある意味衝撃作。
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
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イーストウッド御大、監督50年&40作ですって。私はクリント・イーストウッドを「星条旗を描き続ける作家」だと思っています。数えたら18本しか観てないので偉そうなことは言えませんけどね。ほとんどの監督作で星条旗が映されるのですが、「星条旗を描く」とはすなわち「アメリカを描く」こと。つまりクリント・イーストウッドは、アメリカを描き続けたのです(もちろんアメリカ以外を舞台にした作品もありますけど)。

そのことを私が意識し始めたのは『許されざる者』からでしたが、時に執拗に、時に辛辣に、過去、現在に関わらずアメリカの恥部を描き、正義とは何かを問い、アメリカを愛するが故に「俺たちが理想としてきた星条旗(アメリカ)は今の姿じゃない」と苦言を呈してきたように思います。そう考えると、「まだまだ若い者にゃ負けねーぜ」という元気な年寄り映画だと思っていた『スペースカウボーイ』が、実は「まだ俺達の時代には、この国に夢があった」と嘆いていたように思えてきました。

そんな「星条旗を描き続ける作家」クリント・イーストウッドが自ら出演した本作。彼が選んだ「安住の地」が、まさかの国外。イーストウッドはアメリカを捨てたのです。衝撃。星条旗の描写もほんの一瞬(イーストウッド監督作史上最短かもしれない)、国境でメキシコ側からチラと見える描写だけです。この「星条旗チラ見せ」こそ、今のアメリカの姿のような気がします。少年はカウボーイに憧れます。言い換えれば、アメリカへの憧れです。しかし現実のカウボーイは過去の栄光。今や傷つき老いて、国内では惨めな生活を送る日々。やっと国外で「昔取った杵柄」の僅かな輝きをみせる程度。

「昔取った杵柄」で言えば、ヨボヨボの役立たずの爺さんが「誰かの役に立つ」ことで幸福感を得る物語とも言えます。また、恩義があるという「自己都合」で少年を「強制的に」アメリカに連れて行こうとした男が、最終的に少年の「自主性に委ねる」までの物語とも言えます。90歳になっても人は成長するんだな。こうしたミクロな物語を包括しながら、「マッチョは幸福なのか?」と大きな問いを投げかけているようにも思います。強さを誇示することを放棄して、傷ついた者や弱者らが手を取り合い「愛し合って」生きていく。こういう幸福だってあるじゃないか、と言っているようです。自己都合&強制という「力の支配」から「自主性の尊重」への物語もまた、ミクロの物語としてばかりでなくマクロ視点でも「時代の変化」として同様のことが言えるような気がします。監督50年。夢幻の如くなり。

まあ、「社会派」「今の姿は理想のアメリカじゃない」という文脈から穿った見方をすれば、あの人が「国境の壁」と言い出したことに対する御大の御意見映画なのかもしれませんけどね。

ただ最終的に、この映画のイーストウッド御大、幸せそうなんですよね。ダンスしているシーンなんて「なんて幸福な時間が流れてるんだろう」と、観ていて目頭が熱くなりました。容赦ない「痛み」をぶつけてきたイーストウッド映画ではあり得ないくらい優しい時間。くらいマッチョ。それもある意味、衝撃。

(2022.01.26 ユナイテッド・シネマとしまえんにて鑑賞)

(評価:★4)

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