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[コメント] 震える舌(1980/日)

全ての医療ドラマがこの映画の前にひれ伏すべき傑作。もう二度と観たくないけど。
ペペロンチーノ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







確かに恐怖映画です。「最恐日本映画」「トラウマ映画ナンバー1」の異名は伊達じゃありません。50歳近いオッサンになって初めて観たけど、怖かったもん。いやむしろ、この歳だから余計怖いのかもしれません。

でも、実は丁寧な映画だと思うんです。野村芳太郎お得意の「超望遠ギューン」とかやるんですけど、それもこの団地の立地をワンショットで説明してるんですね。 治療の描写も丁寧だし、親が疲弊していく気持ちの流れもとても自然。

そして、基本、ビックリ!で脅かす映画ではないんですよ。ショック描写が“突然”ではない。 宇野重吉の口を借りて破傷風の病状を事前に観客に伝え、スーパー女医・中野良子に「悪い状態」と言わせる。食器のクダリもそうですが、「来るぞ来るぞ来るぞ来るぞ」「手強いぞ」って手法なんです。つまり「卑怯」じゃない。

確かに、すごーく嫌なものを見せられるんですが、それは決してトリッキーなことではなく(当時のCMはバリバリトリッキー路線で売ってましたが)、親の気が狂うための必然なんです。十朱幸代が「産まなきゃよかった」と言うに至るには、観客を納得させるだけの“嫌なもの”を見せる必要があるんです。

主人公たる渡瀬・十朱夫婦は、この事態に対して傍観することしかできないのです。二人にできることと言えば、走って医者を呼びに行くか、「もう治療をやめてくれ」と果物ナイフを振り回すことくらい。黒澤明『天国と地獄』で言えば、権藤氏じゃなくて運転手のポジション(何故その例えなんだ?)。ただただ、事態の周辺で右往左往する人達。 これは、村上春樹小説の主人公、あるいはムーミンと同じなのです。彼らが事態を解決するわけでも、ましてや事態の発端にもならない。 これは、ある意味「文学」だと思うのです。

傍観者である主人公たちは、医者に頼るしかない。 その期待に応えたスーパー女医・中野良子の献身的な活躍は、この映画を秀逸な医療物に押し上げていると思うのですが、翻って、頼るしかない医者の“誤診”が事の起こりというのは、実は大変恐ろしいことだと思うのです。 他にも、「母親の目が届く範囲で感染する」という恐怖。「超望遠ギューン」は伊達じゃない。ちゃんと意味がある。

観終わって改めて考えると、実はこの映画、冒頭から「来るぞ来るぞ」をやっていたのです。

(14.10.08 新文芸座にて鑑賞)

(評価:★4)

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