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[コメント] パーフェクト・カップル(1998/米)

「クリントン大統領のパロディ映画」という点ばかりが強調されるが、この映画の一番の面白さはそこではないと思う。
Walden

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 僕なりの解釈では、この映画の面白さは、「大統領候補の私生活やその場限りの討論が過剰なインパクトを持ってしまう現代マス・メディア政治における、現実的な「政治家」のあり方」描いた点にある。

 そこでは、テレビやラジオの前でのちょっとした失態が致命傷になり、また自分の現在の行いばかりではなく、過去までもがほじくりかえされ、「罪」は最初からあるのではなく、その過程で作り出される。そうした「イメージ」の政治の中で、1つの主義主張を守るのはよいとしても、常にそれに固執していては票は獲得できない。東に行けば、あなた達に共感するといい、西に行けばあなた達の言うことがもっとも正しいと言って回らねばならない。それが「良い」とか「正しい」とかいう問題ではなく、それが現代の政治の姿であり、この映画はそういう状況下において、理想主義的な主人公ヘンリーが、「もっともマシだと思える政治家」を、その行為に大きな疑問をもちながら助けていく物語だ。

 終盤、リビーが自殺をし、対立候補のスキャンダルを穏便に終わらせたあと、ヘンリーが「もう辞める」と言ったとき、ジャックは「オレの他に、オレができる以上のことをできるヤツがいるか?」と聞く。これは、一見すれば単なる不遜な言葉だが、この映画全体のテーマを表している。ジャックは、リビーの「試験」に落第した。誰が見ても、ろくでもない嘘つき野郎だ。でも、ヘンリーには、そんなジャックを通してしか自分の理想を推し進める術はないし、彼以外の奴等は(ヘンリーの基準からすれば)もっとダメだ。そんな中、自分の理想からはあまりにもかけ離れているという理由でジャックという「術」を捨て去るか、それとも「現実的」に彼に協力し続けるか。

 彼は協力する道を選んだ。

 この決断へとつながる印象的なシーンが2つある

 1つは映画の冒頭、なぜ自分がここに来たかを候補夫人に語るシーンで、主人公である理想主義的なヘンリーは、「昔からこんなではなかったはず。ケネディの時代とかでは、大統領が大きな言葉で政治を語り、それを人々が信じたことがあったはずだ」と、自分の前の上司との仕事に対比させながら語る。そして自分は歴史を創る一役を担いたいのだと照れながらいう。

 もう1つは、中盤、ヘンリーの元彼女がジャック候補の過去のもみけし疑惑を追及した後、その彼女とヘンリーとの会話。ヘンリーは、ジャックを批判する彼女に対して、「何もしないヤツと、僕が信じるもののために戦い、そしてウソをつくヤツなら、僕はウソつきをとる」という。

 薄汚いヤツかもしれない、それでも、「結果」をだせない政治家の価値はそれ以下なのだ。そんな「責任倫理」への意思が見えた映画だった・・・ちょい大げさかもしれんが(笑)。

(評価:★4)

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