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[コメント] 刑務所の中(2002/日)

住めば都なムショ暮らし。悲観病に侵される現代日本においてはユートピアの如き平和な日常生活の羅列。そこには物語すら無い緩やかな至福の空間がある。03.05.01
しど

原作と比べるのはルール違反だが、私の場合、もともと花輪ファンなのでどうしてもそうした見方をしてしまう。

原作を読んだ者には、別の楽しみがある。漫画をほぼ忠実に再現したこの作品は、キャラクターの容貌も主人公以外かなり似ているのがおかしい。セリフや描写も同じモノが多いので、映像として再現されたモノを見る喜びもある。しかし、原作を読んだ者には、当然、悲しみもある。作品としての映画が、原作の漫画を越えていない点だ。原作を忠実になぞっているのに、映画で採用されていない案がある。それは、刑務所暮らしで幸せな囚人を「養豚場の豚」に例える描写だ。刑務所が別名「豚箱」なのだから、囚人=豚というのはありきたりな表現かもしれないが、豚の生活=幸せかも、とする原作者の感覚がこの漫画の視点であり、この視点があるからこそ、刑務所の中の日常を細かく描写することに成功したのである。この重要と思われる描写を落とした映画の方は、逆に、独自のシーンとして冒頭のサバイバルゲームの描写を入れたが、外の日常との対比という機能を持たせているのならば、これよりも、一般社会の日常風景を抽象的に挿入した方がはるかに効果的であったろうし、むしろ、外の日常から隔離される瞬間の「逮捕」シーンを入れた方が、映画の冒頭シーンとしては最適のはずである。原作を映画化した場合のいつもの物足りなさは、今回の場合、以上のようなところだろう。

ただし、原作を読んでも読まなくても、この映画は十分に楽しめるはずだ。日常の描写の羅列であっても見る側には興味深い非日常描写の連続であり、監督自ら映画化を申し出ただけの価値はあると思う。もちろん、小津の『おはよう』のような名作になる可能性もあったはずだが、そこまで求めるのは今の邦画界では酷な話である。このような物語性の希薄な映画を完成させた功労をとりあえず評価したい。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (1 人)水那岐[*]

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