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[コメント] 二十四時間の情事(1959/仏)

旅のフランス女。
ハイタカ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







旅の人にとっては、旅先の風景は叙情に充ちている。旅の人は、風景の細部や背景に付いての生活者の知と無縁でいられるが故に、その表層へ自らの心象を素敵に(?)反映させていくことが出来るのだ。だから旅先で旅の人が想うのは、(物見遊山の観光旅行でもないならば)むしろみずからの心象の底深くに沈む想い出だ。

この映画のフランス人女性(*1)が行きずりの日本人男性と出会うことで想い出すのは、戦争の頃のみずからの青春、その悲恋の記憶。だがそれは素直な想い出についての語りを超えて、むしろ記憶することをめぐる煩悶、反問へと傾れ込んでいく(*2)。記憶するとは他人の面影をみずからの内に留め置くということなのに、それは時と共に失われ歪められ、やがて自己本位な感傷へと姿を変えていってしまう。

女は言う「私はヒロシマを知っている」、だが男は言う「君はヒロシマを知らない」。反戦映画の撮影に来日している彼女はまたこうも言う、「(原爆投下後の惨劇の再現フィルムを見た*3)観光客はその悲劇に泣くこと以外に何が出来るだろう」。自らの戦争の記憶、そこにあった他人の面影が薄らいでいくことに苦悩するフランス人女性の存在は、つまり戦争の記憶が歴史に摩り替えていくことに対して懐疑と違和感を抱く世代のアナロジーなのだろうが、それはみずからと同世代でありながらも異なる記憶を宿して生きる日本人男性(ヒロシマ)と出会うことでもう一度自らのあるところ(ヌヴェール)を見出す。

恋愛ドラマの体裁を取った観念的な図式の映画。そこで語られる広島はカタカナ綴りの“ヒロシマ”でしかないけれど、それはむしろフランス映画として語りの立場を弁えた自覚的な選択なのだろう。男女の睦言に乗せて映し出されるヒロシマ、旅の人の眼差しで見詰められたヒロシマは詩的で、魅力的だった。

1)このエマニュエル・リバというひとは表情や喋り方に愛敬と悲哀が混在していて好い。

2)戦争の記憶に関する映画、という意味では『夜と霧』もそうだ。

3)ここで引用されているのは日教組が製作した『ひろしま』(53年製作、関川秀雄監督)という教育映画の幾つかのシーン。

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (6 人)ぽんしゅう[*] 濡れ鼠 けにろん[*] グラント・リー・バッファロー[*] crossage さなぎ[*]

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