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[コメント] ジャンヌ 薔薇の十字架(1994/仏)

「イエス様!」

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







「司教様、私に対してもう判断が下されているのであれば、どうぞ裁判など面倒なことはなさらないで下さい。すぐに刑を宣告して下さい、そのほうがことが早く済みます」 「そうきたか。お前がどんな人間かはわかった。男装していても、本当の性は隠せない。お前は巧みだ、女特有の巧妙さをもっている。我々はお前の尤もらしい理屈の一つ一つの皮をはいでみせよう、錯乱した君の魂は、恥と当惑を覚えることだろう」 残酷な言葉だった。 「お会いした時から、司教様は私の敵だと感じていました」 「職業柄、私は悪霊の敵だからだ」 ジャンヌは、それでもひるまなかった。司教といえども、自分が正しいと思ったことは、率直に言える性格だった。 「司教の魂が、敵のものだからです」 青ざめたコーション司教は「また会おう」という言葉を残して踵を返した。

以上は、この映画の脚本をもとにしたノベライズ版からの引用。映画本編の当の場面の日本語版字幕では、ごく簡単なセリフのやりとりに要約されてしまっていて、ここに挙げたような細部のニュアンスが微塵も聞き取れない。フランス語ではちゃんとこういう対話劇が為されていたということだろう。で、ここで注目すべきは、司教が最初「我々」という主語で話していながら、ジャンヌの言葉を受けて主語を「私」に言い換えているところではないかと思う。「我々」とは勿論、社会的・政治的立場にある者としての自己の表明なのだが、それが孤立したジャンヌの挑戦的な言辞に引き出されて、思わず端的な自己の表明である「私」になってしまう。ある意味ではレトリックなのだが、これがつまり、ジャンヌの本質的な勇敢さ、あるいは聡明さなのだ、と、この映画の脚本は語っているのではないか。

この映画(2部・牢獄)では、即ちそんなジャンヌの戦いこそが描かれる。だが、それは非常に過酷な戦いだ。1部では「ジャンヌ萌え」とも言える感情の湧出する源泉となっていた「女子でありながら男子でもある」ジャンヌのキャラクターそのものこそが、攻撃の対象になるからだ。1部の感想でも述べたが、「女子でありながら男子でもある」という在り方は、天使の在り方でもあると同時に悪魔の在り方でもあって、当時のキリスト教社会では両性具有は悪魔の属性として忌み嫌われていた。そしてジャンヌは、味方のフランス兵からすれば救国の天使なのだが、敵のイギリス兵からすれば恐怖の魔女であるわけで、それが敵の手に渡されるのだから、非道なことになるのは目に見えていた。

だが、思うに、ジャンヌの生涯のこの悲劇的な二面性は、恐らくは後にジャンヌが伝説となって人々の感情を喚起する存在となる為には、必須の過程だったのではないか、という気はする。ジャンヌが非道な恥辱を受けた後に火刑に処されるという結末は、ジャンヌの存在をまさに形而上の(永遠の)存在として洗練させていく為の必然だった。全く以て、ある意味では神の意図の巧妙さをでも論いたくなるような見事な物語だが、この悲劇的な二面性こそが、その天使的な存在と共に、ジャンヌというキャラクターの普遍性の、もう一つの側面なのだと思う。

何故ならば、私達俗世の人間というのは、天使的な存在が天使的なままであるうちは、それを同じ世界の存在として信じられないからだ。だからこそそれは、地上的な人間の極めて俗世的な汚泥に塗れなければならない。汚泥に塗れて、しかしそれでも輝くのなら、それは本当の本物として人々の感情の中で暗に認められていくことになる。勿論それは宗祖キリストの生涯の反復でもあるが、それは図らずも反復されなければならない。キリストになろうとしてキリストになることは出来ないからだ(それはせいぜい「キリスト教徒」になることでしかない)。ただ神によって生来の無垢さと聡明さを与えられた存在だけが、そんな人生を生きることになるのだ。

そして「神」とは、そんな物語を齎すことにあるこの世界の根本的な常態としての偶然性と人間の願望・欲望・希望する必然性の渾然一体となった実体の謂いなのだと思う。つまり、「神」は私達の内にこそある、というわけだ。ジャンヌの生涯の物語は、「神」である人間達の無意識こそが生み出したものだ。そしてそれは時代と場所を超えて=越えて伝播する。私達が人間である限りはそうなのだ。それが伝播しなくなった時は、私達が何か不可逆的に変質してしまった時なのだと思う。

(評価:★3)

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