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[コメント] シン・レッド・ライン(1998/米)

世の中へ踏み出せない青年の独り言。〔3.5〕

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







詩。そんな抽象的な形容詞で片付けるのは容易い。だが、それは誰が、何の為に、誰に向かって語ろうとしている言葉なのか。この映画に反響する独り言は、全くと言ってよいほど肉声として発せられ交わることがない。彼らは誰をも信じていないのだ。それらは作り手の厭世観の反映、いやむしろ作り手の独り言に過ぎない。「人の顔は一つの魂の無数の現われ」という言葉があったと記憶しているが、それは形而上的思索、その省察に於ける真理ではあっても、現世の具体的な現実ではない。ましてや戦場は、現世の具体性の非情な現実があられもなく露呈してしまう現場であるハズなのに、そこでこの映画の作り手は、切実な生死のうめきを哲学的観照に摩り替えて(そこへ逃げ込んで)しまうのだ。

確かに、この映画の荘重な身振り、その眼差しが捉える自然の場景は「美しい」かもしれない。だが、この作り手の感性に近いものを有しているひとであればあるほど、むしろその美しさに薄膜一枚で違和感を覚えてしまうのではないだろうか。南洋の自然を「美しい」ユートピアのようなものとして捉えて、そこへ逃げ込んでしまいたがっている作り手の否応無い、ある意味では傲慢な本音に気付いてしまうからだ。戦場の(現世の)現実に苦悩する兵士達や士官達の内的独白(それら自体はステレオタイプなモノではあるが)は、いつのまにか存在(一つの魂)への問い、存在(一つの魂)の発する言葉へと摩り替えられてしまう。存在へと問いを発する私の存在。だがその言葉が問い掛けること自体に拘泥してしまうとするならば、それは現世の「私」の自己保存の本能の所産に過ぎなくなってしまうのではないか。現世の人間的な苦役から「私」が逃避する場所として見出された虚構に過ぎなくなってしまうのではないか。戦場の(現世の)現実と無縁に存在するはずの自然の場景、その存在も、そんな「私」が発する半端に人間的な問い掛け、言葉によって汚されてしまう。それでいながら半端にその問い掛けに身を委ねた「私」は確固とした肉体を、独白の依り代を失い、映画は無時間的な世界に落ち込んでしまう。主人公の死は、言わばそうした映画を終結させる幕引きの役目を担うものであり、またそれは「私」へと閉塞する作り手の欺瞞への自己制裁ともなるのだが、敢えて言えば、主人公を自身の語り出そうとする観念の為に殺してしまうこと自体が、それまた酷く傲慢な所作なのではないだろうか。言ってしまえば、この映画では苦悩するアメリカ兵達も、せん滅されていく日本兵達も、主人公を受容し拒絶する原住民達も、全ては作り手が自身の厭世的な世界観を語る為の木偶なのでしかない(*)。この映画は細部に至るまで史実にかなり忠実につくってあるらしいが、現に日本人が日本人に見えないというのは致命的な失敗だと思う。

この映画はもっと長くても、短くてもよい。(実際もっと長尺の版も存在すると聞く。)この映画には反響する「私」の独り言があるばかりで、何も変容していかないからだ。言葉が真に言葉として命を得るのは、それが具体的な顔と声、肉体に依って呟かれ、叫ばれる一瞬ではないだろうか。(つまりは演者という生身の「他者」を信頼することによってだ。)身を開いて死んでいくかに見える主人公は、だがじつは世界に対して己の魂を絶対的に閉ざして死んでいってしまう。それによってこの映画の厭世的な形而上学は完遂される。だが、そうして虚構を自閉させ、その先を求めようとしない(その先に気付くことの出来ない)作り手の欺瞞と限界は、看過してはいけないものだと思う。あるいはそのような自閉は、ハリウッドで映画をつくるという地理的な条件(物語ること自体の経済性を第一義的に求められる場所)の中で、物語を果てのないような遷延の中に留め置く確信犯的抵抗だったのだろうか。だが、だとしても本当にその抵抗はこのようにひきこもることでしか実現できないことだったのだろうか。

テレンス・マリックは、これが日本人にどう受容されるかとても気にしていたという。日本人である私達が、劇中のあれら奇妙な日本兵達に何ら違和感をもたないとすれば、それは倒錯だろう。

*)少なくとも私にとってこの映画で最も魅力的なのは、激しい戦闘場面でも、観念的なモノローグでも、美しい南洋の自然でもなく、小隊と原住民が互いに通り過ぎていく奇妙な場面であったり、主人公が「ジャップなら撃ち殺してた」と言う兵士と偶然出会う場面であったりする。

(評価:★3)

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このコメントを気に入った人達 (4 人)グラント・リー・バッファロー[*] ジョー・チップ[*] くたー[*] skmt[*]

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