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[コメント] アカシアの道(2000/日)

これから母親になる人と既に母親になった人へ
FRAGILE

30過ぎの独身女性が数年ぶりにアルツハイマーの母親と同居する話。女性が母一人娘一人で育ってきたこと、幼い頃に母親から虐待を受けていたエピソードを絡めて、介護の難しさに立ち向かっていく。  このあちこちで紹介されているあらすじからは現在話題になっている「老人介護」と「児童虐待」を描いた社会派作品のように想像される。ところが実際にはこれらを誤解無くきちんと描いてはいるものの、過剰に悲惨さや残酷さを強調することはなく、決して問題提起を目的とした作品ではない。  この作品において主題となるのは母と娘の関係そのものだ。古来、本当に自分の子と知っているのは母親だけといわれるが、さらに子供が娘である場合にはそこに複雑な感情の存在を否定できない。母と娘の関係において学業、職業、恋愛など人生のあらゆる点でお互いは鏡と言える。そして何よりも同じ女という性を持つことについての共感と憎悪。それは正に鏡を覗き込むかごとくの自己愛と自己憎悪から来るものと言えるかもしれない。  そうした清濁併せ持った感情が相互理解の名の下に愛情と呼べるものになるまでの過程を、母一人娘一人の年月と痴呆の母親の介護というある程度特殊な(けれど我々のすぐ側にあるはずの)環境を通して思い切り凝縮して見せたのがこの作品だ。  またこの作品は母と娘の関係が再生産されることも暗示している。人は痴呆によって子供に返ると言うが、その意味で主人公の女性は母親という子供を育てているのと変わらない。そこで思い通りにいかない感情、そして母親との関係の回想はそのまま本当の子育てにも当てはまる。虐待されたことのある子供が親になると自分の子供にも虐待を行う、とまことしやかに言われていることをここでは二人の関係だけで表現しているのだ。  女性にはこの作品が自分と母親の、また自分と娘の関係を考えるきっかけになるのではないだろうか。

 さらにこの作品で面白いのは、これら母と娘の関係性において男の存在の無意味さを明らかにしている点だ。初めて知る本当の父親という存在も、束の間の肌の温もりも、気休めにこそなれ決して心の支えにはなりえない。その現実を言い切ってしまっているこの作品を男性監督が作っているのは興味深い。  思いがけずこの作品を観てしまった男性はその現実を心しておくことが必要だろう。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (5 人)TOMIMORI[*] 水那岐[*] ことは[*] 蒼井ゆう21[*] *

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