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[コメント] グエムル 漢江の怪物(2006/韓国)

本作を観る前に思ったこと。「ひょっとしたら、日本特撮怪獣映画の屋台骨が揺さぶられるのではないか?」……その思いは半分ハズレていたが、半分は当たっていた。
荒馬大介

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 ハズレの理由は、この映画が何ともブラックだったということだ。集団葬儀のシーンや隔離されていた病院から一家が脱出する場面、さらに最初に怪物と対峙した場面などを思い返してみると、普通ならここで悲しさや緊迫感のゲージが上がる……はずなのだが、本作はそうはならなかった。感情移入を避け、徹底的に突き放した挙句、悲しみやカッコよさを求めていた我々の足元をバッ、と払ってみせた。娘の手を掴んだと思ったら他人だったり、親父に渡した銃の弾数を間違えたなど、トコトン人を食った演出の連発。徹頭徹尾こんな調子なのだから、これはもう「ブラック怪物映画」と呼ぶべきであって、日本の怪獣映画と比較する方が間違っている! この際そう言い切ってしまおう。

 しかしこの「ハズレ」ていたからといって「面白くなかった」かというとそんなはことはなく、この映画をブラックに持っていったことに対しては評価していて、むしろ「こう来たか!」と、監督のポン・ジュノに感心したくらいである。斜に構えているからこそ、ありきたりな悲しさやカッコよさを拒絶する。主人公が何かにつけて寝ているドジ親父(しかも娘がさらわれたり祖父が死ぬのも彼が原因)なのも、間違いなくその意図からきているはずだ。

 だがこの親父は、娘の居場所が特定出来た途端に突然人が変わる。自らの血が入った注射器を奪って血を撒き散らしながら(これもブラックだなぁ)逃走し、米軍の殺菌ガスを浴びて苦しむ怪物の腹の中から娘を引き摺り出す……。そして最後は親父自らが怪物にとどめを刺す。あれだけ情けなかった父親が、ここのシーンだけは異常なまでにカッコよく見えた。

 この上に挙げた「真面目さ」が自分には気になる。確かにこの映画はブラックだったが、怪物が韓国そのものに及ぼした影響に関する描写は至って真面目である。無論ブラックな作風ゆえ、本作は真っ向から体制を批判するような映画ではないのは明らかで、むしろ馬鹿にした、コケにした、と言った方がいい。しかしもしこれが、物凄く真面目な調子で描かれていたら? もしこの映画が、ド本気で体制批判をしていたとしたらどうなっていたのか?

 それが、自分がこの映画に感じた「当たり」である。本作は「ブラック」で味付けられていたが、そこかしこに真面目に描ける力の片鱗が自分には見えた。見えるからこそ自分はこの映画を讃え、かつ恐れている。このブラックがいつか本気に変わったとしたら……。

 怪獣映画を愛するからこそ、この映画を全く無視出来ない。ブラックで無しに本気だったら間違いなく★5を付け、コメント欄に一言「負けた。」と書き、その理由を延々と述べていたに違いない。そうならなかったことに内心ホッとしながらも、いつかその日が来てしまうことを恐れ、同時に日本特撮怪獣映画の将来を心配し続けている。ゴジラやガメラが作られないうちに全く違う怪物が韓国で作られてしまった現実と、この手の映画を作ることが出来ない日本特撮、及び邦画全体の現状をどう見るか?

 俺は楽観出来ない。

(評価:★4)

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