★4 | 映画は劇中でフィリップ・シーモア・ホフマンが施す「プロセシング」に近似した構造を持っている。ひとまずそれは「螺旋階段的」と形容しておこう。顕著な前進を認め難い堂々巡りめいた反復に身を晒すうち、ホアキン・フェニックスは(そして私たちも)いつか知らず帰還不能点を踏み越えてしまっている。 [review] (3819695) | [投票(4)] |
★5 | 劇的構成の醍醐味があるわけでもないが、映像の醸す豊穣が半端ではない。撮影と美術が渾然となり提示される情報の質量と、その中で揺蕩う演者の含蓄ある居住まい。ゲスでいかがわしい品性を達観の高度から俯瞰する一大エピックロマン。PTA最高到達点。 (けにろん) | [投票] |
★3 | 投票してくださった方には申し訳ないのだが、再度鑑賞し評価を改めた。ホアキン・フェニックスの被写体としての存在感は特筆に値するのだが・・・ [review] (赤い戦車) | [投票(2)] |
★3 | 時代の不安という気分の上に成立した「主と従」のどうしようもない不安定さ。常に逸脱の予感をはらむ従うべき者フレディと虚実のあわいに君臨する主ドッドの、引き合い、反発する磁場は確信犯的に曖昧で、映画は始めから終わりまで内向きの磁力に支配されている。 (ぽんしゅう) | [投票(1)] |