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[あらすじ] 愛と希望の街(1959/日)

中三の正夫ん家(ち)ってば、すげー貧乏。母親のくに子(望月優子)が駅前の路上での靴磨きと内職をして、ようやく暮しを立てる母子家庭。当時の日本じゃ、ちっとも珍しくもない貧乏ぶりだったけど●ある日、つがいの鳩を正夫が駅前で売ったら、一羽は鳩小屋に戻ってくる。鳩が巣に帰る習性を利用し、鳩売りを何度も繰り返して生活費の足しにしてたわけ。鳩を買った電器メーカー重役の娘・高二の京子は、正夫の担任女教師から正夫の暮らしぶりを聞き「まぁ、なんてカワイソー。あたしにもできること、ないかしら」。で、父の会社に正夫を入れようと画策する。ちょっとー、おねーさん甘くない、それ?●問題発言で引っかき回すのが得意な大島渚の劇場用デビュー【問題】作。
Amandla!

 【原題】

   『鳩を売る少年』

 【評判】

 「工業都市川崎を背景にして、鳩を売った貧しい少年と、その鳩を偶然買った少女を主人公にした清涼剤のような良心作」(「アカハタ」1959.11.15批評)、「端正で瑞々しい辛口青春映画」、「教育映画みたいにわかりやすい」、「つまんなかった」、「愛も希望もない悲しい映画」、「詐欺少年と金持ち女の断絶を描いた」、「登場人物がステレオタイプ」、「挑戦的な現実への一撃」、「クサい」、「目の覚めるようなデビュー作」、「ここには従来の松竹作品の持つ"生ぬるさ"を真っ向から否定する烈しさがみなぎっている」(「内外タイムス」1959.11.17)、「大切なことは論理であって、ムードではない、という、はっきりした自覚された方法がこの映画にはある」(「映画批評」60年1月号)、「鉄工場で働くことになった正夫がハトの巣箱を力いっぱい壊している。その姿と表情を丹念に見せる終景がすぐれている」(「サンデー毎日」1959.11.29)……う〜ん。

 【配役】

 京子役の富永ユキはジャズ(ロカビリー)歌手としてデビュー。この後、『青春残酷物語』で主人公・川津祐介の友人に捨てられる女学生、『太陽の墓場』で佐々木功に強姦される女学生を演じている。他に篠田正浩の『恋の片道切符』、『乾いた湖』など。実は、松竹も大島監督も、この京子役に松竹所属の鰐淵晴子を望んだが、「どうしても結末が納得いかない」鰐淵の意向で断念した。

 母親のくに子役の望月優子は、当時の日本映画界で母物女優の代表選手の一人。大ベテラン。

 京子の兄、勇次を演じたのは、大島組常連の渡辺文雄

 【大島渚

助監督時代に撮った『明日の太陽』(1959)(*1)で監督デビュー。同年夏の終り監督に起用すると言われたとき、『鳩を売る少年』(1958年10月脱稿。12月『シナリオ集』第9号に掲載)を呈示し、長編映画を初監督した。

「会社は題名を変えろというのである。『鳩を売る少年』では小品に見えるというのである。……会社は勝手に『光と海』という題名にして印刷してしまった。……私は『怒りの街』はどうかと言った。すると不穏当だという。では『悲しみの街』ではどうかと私は譲歩した。今度は暗いという。しかたがない、「愛」を上につけましょうと言った。……『愛と悲しみの街』。しかたがない、これで行こうと決心して宿へ帰り、翌日会社へ行って渡された台本には、なんと『愛と希望の街』と印刷されていた」(『体験的戦後映像論』大島渚著1975年朝日新聞社刊)

「(映評や記事を)書いてもらったもののなかで、いちばん印象に残っているのは、『内外タイムス』の玉城鎮夫という記者の批評だと思いますね。『いままでの松竹調とは完全に訣別した』という。その批評が出て、そのあと斎藤龍鳳がインタビューに来て、インタビュー記事を書いたんですね。それと、『映画芸術』で佐藤忠男。それから『サンデー毎日』に大橋恭彦さんが短く書いてくれた。そして花田清輝と『日刊スポーツ』の押川義行さんが『キネ旬』のベストテンに入れてくれた。その5人ぐらいがいちばん印象に残ったというか、それ以外なかったという感じでしたね。試写は、ちょうど、トニー・ザイラーというドイツのスキー選手の記者会見と重なったんだけど、最初に見たのは、大橋さんと玉城さんの二人だったという話です。たった二人しか試写室にいなかった」(『大島渚1960』大島渚著1993年青土社刊)

「試写の終わったあと、どこが悪いのかという私の問いに答えて、『大島君。これでは金持ちと貧乏人は永遠に和解できないかのように見える』と言った撮影所長(細谷辰雄)の言葉を私は今も忘れがたい。同時に、それに答えて『だって所長、現実はその通りじゃないですか』と言った編集の杉原よ志の言葉はさらに忘れがたい」(『日本の夜と霧』大島渚著1966増補版現代思潮社刊)

 【斎藤龍鳳さんの証言】

「(1960年)七草が明けてすぐ、ブルー・リボン賞の詮衡会議がありました。私は大島渚の『愛と希望の街』を推しました。作品賞で落ちると監督賞で、監督賞でだめになると新人賞、特別賞で、と各部門で狂ったように大島渚と連呼しました。中高年層の記者会のボスはほとんど、この映画を見ておらず『大島渚って女優か?』とか『聞いたことない名だな』とか、変に私は孤立し、からまれたように記憶しています。とうとう最後の特別賞にまで私が大島渚を持ち出した時、過半数の記者らは私のことを気違いを眺めるような目で見ました。私の所属した内外タイムスの票と、まん前にすわった共同通信の一部、斎藤正治君らの同情票が加わり、なんとか活字にできるような数字にこぎつけた時、私は、はじめて映画記者らしいことをしたような気がしました。……」(『映画芸術』1965年8月号)

 【フル・クレジット】

松竹大船製作・配給作品。製作:池田富雄/脚本:大島渚/撮影:楠田浩之/美術:宇野耕司/音楽:真鍋理一郎/録音:栗田周十郎/照明:飯島博/編集:杉原よ志/監督助手:田村孟/装置:山本金太郎/装飾:安田道三郎/現像:中原義雄/衣装:田口ヨシエ/撮影助手:赤松隆司/録音助手:小林英男/照明助手:泉川栄男/進行:沼尾釣/出演:渡辺文雄富永ユキ、千之赫子、望月優子須賀不二夫?、藤川弘志、伊藤道子、坂下登、瓜生登代子、土紀洋児、高木信夫、滝久志、谷よしの、後藤泰子/監督:大島渚/白黒ワイド。62分。封切り:1959年11月17日

劇中歌(喫茶店のシーン):西田佐知子『夜はせつない』

ロケーション:川崎と鶴見の工業地帯/川崎駅前/鶴見の丘の上(窓際だけのセット=鳩を撃つショットで)

 【参考文献】

・『大島渚1960』大島渚著、1993年、青土社刊

・『同時代作家の発見』大島渚著、1978年、三一書房刊(絶版)

・『体験的戦後映像論』大島渚著、1975年、朝日新聞社刊(絶版)

・『日本の夜と霧』(大島渚作品集)大島渚著、1961年初版、1966増補版、現代思潮社刊(絶版)/収録シナリオ:『愛と希望の街』、『青春残酷物語』、『太陽の墓場』、『日本の夜と霧』、『深海魚群』、『青春の深き淵より』、『叫び』、『忘れられた皇軍』、『ユンボギの日記

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*1)『明日の太陽』

 大島渚デビュー作『愛と希望の街』以前に撮られた「コント仕立て、ミュージカル仕立て」の短編。  松竹での助監督時代、新人スター・スター候補生を紹介する短編(当時、撮影所では「ご紹介映画」と呼んでいた)を作ることになった大島は「五分ばかりの短編とはいえ、ロケもし、セットも建て、予告編とは違って全部新たに撮影するのである。私ははりきった」。 「素敵な短編に出来上がったと思ったが、所詮会社にとっては予告編に毛の生えたようなものでしかなかった」。 当時“スター候補生”だった十朱幸代が出演している。

  【『明日の太陽』クレジット】

松竹大船製作・配給作品。脚本:大島渚/撮影:川又昂/美術:宇野耕司/監督助手:田村孟/出演:津川雅彦十朱幸代山本豊三桑野みゆき杉浦直樹九条映子、千乃赫子、川津祐介花ノ本寿、北条喜子(北条希巧子)、朝海圭子、松本錦四郎/監督:大島渚/カラー松竹グランドスコープ。7分。1959年3月13日

(評価:★4)

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