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ぽんしゅう [POV: Points of View]

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私は中川梨絵のファンである15 movies[投票(5)]
2016年6月15日。女優の中川梨絵さんが逝去されました。享年67。肺がんだったそうです。・・・・1967年に東宝から成瀬巳喜男作品(中川さかゆ名)でデビュー。その後、日活に移籍してブレイク。70年代前半のロマンポルノを代表する女優のひとりとなります。74年からフリーとなり黒木和雄実相寺昭雄相米慎二池田敏春森崎東ら個性的な作家の作品で存在感ある脇役として活躍されました。なかでも『竜馬暗殺』(74)のモノクローム画面のなかの憂いを湛えた瞳が印象的な遊女や、『歌麿・夢と知りせば』(77)の艶やかな花魁道中姿は忘れることができません。また、このころ唯一のレコード曲「踊りましょうよ」を発表。そのデカダンスな香り漂う甘い歌声に魅了されました。当時、深夜ラジオからラジカセで録音し、擦り切れるまで聴いたカセットテープは私の宝でした。・・・・その後、縁あって2000年以降、私は悪友らと梨絵さんが新宿・四谷で営んでおられた居酒屋に客として伺うようになりました。酔いにまかせた我々の勝手な映画酔談に合わせて、名監督たちのとの想い出や、新作(―こまめにご覧になっていました―)への忌憚ない感想で、その場を楽しく盛り上げてくださいました。にもかかわらず、お店の移転にともない伺う機会を失してしまい、近年は不義理を重ねておりました。・・・・そして、昨日の早すぎる訃報。あちらの世界にも映画界があるのなら、先に逝った方々が梨絵さんの来訪を待ちきれなかったのでしょう。そうとでも思わなければやりきれません。
脚本家・新藤兼人18 movies[投票(6)]
そうそう、これも新藤兼人だったよね。
最後のアウトロー 追悼、原田芳雄122 movies[投票(11)]
長髪にレイバン、ジーンズ姿。そんなヤクザ、見たことなかった。60年代から70年代へ、大きな転換期を迎えた日本社会が連続性を喪失したのと呼応するかのように、原田芳雄は今までのアウトロー像をひっくり返し登場し、斜陽にあえぐ日本映画界のなかを型破りなエネルギーを発散させながら80年代まで一気に突き進む。しかし、壮年期を迎えた90年代、原田的アウトローは主役の座から退き、どこか居心地悪そうに映画のなかの片隅にいた。しかたあるまい。隆盛から破綻へと向かうバブル騒動のなか、社会に飼い慣らされた中年男はみな従順な羊になり下がり、男盛りの原田が演じるに値する年相応のアウトローなど日本のどこにも居なかったのだがら。そして、最後の10年。ライバル刑事に同情されるアル中の初老のスリ。娘の恋に業を煮やして現れる幽霊。妻の積年の思いに絶句する老医師。商店街の復活を画策する引退した老店主。晩年の原田はエネルギーの燃え残りを燻らせながら、社会や制度からはみ出したじろぐ老人役がよく似合った。日本映画界、不世出のアウトローであった。 ■ニュー・アウトロー時代(A:1968〜74 B:75〜79 C:80〜84)  ■彷徨えるアウトロー時代(D:85〜89 E:90〜94 F:95〜99)  ■翳を引きずるアウトロー時代(G:2000〜04 H:05〜11)
ディア・ドクター59 movies[投票(4)]
A・・村や町のお医者  B・・病院の先生  C・・女医さん  D・・もうすぐ引退  E・・新米・駆け出し  F・・あぶない先生   G・・歯医者・獣医
20 movies[投票(5)]
A・・・全員集合 B・・二宮和也くん C・・櫻井翔くん D・・松本潤くん E・・大野智くん F・・相葉雅紀くんと松本くん、ということで、何故、二宮くんがらみの映画ばかり見ているかと言うと娘が彼の大ファンで家にDVDがあるからというだけのことなのです。でも「ピカンチ」シリーズはけっこう面白かったですよ。『黄色い涙』は、原作もテレビ版も大好きな作品だったのでぜひ見に行こうと思うのですが公開する劇場がいやに少ないですね。若い女の子で溢れかえった映画館を想像するとオジサンは気おくれしてしまうのであります。・・・・暇つぶしPOVにて失礼・・・・
アジア的遊撃者39 movies[投票(5)]
アジアの映画が一定量で日本に紹介されるようになったのは、おそらく80年代からだと思う。実は、アジア映画はあまり観ていなかった。ここ数年かけて、過去に遡って目ぼしい監督たちの作品を後追いで見続けている。実に楽しく充実した体験の連続だ。80年代に紹介された監督は、すでに評価も定まり、それに見合う実績を残している人たちばかりで、これはこれで面白い。しかし、やはり最もエキサイティングなのは90年代以降に、デビューした監督たちだ。彼らは、「今」を撮らなければならないという「何か」を強烈に発散している。それは、例えばツァイ・ミンリャン(A)やキム・ギドク(B)の突き進むようなパッションだったり、自らの置かれた状況を懸命に撃とうとするジャ・ジャンクー(C)やバフマン・ゴバディ(D)のある種の切実さや使命感だったりする。日本にも、こういう作家がいないものかとさんざん考えたのだが、なかなか思い浮かばなかった。ようやく思い至ったのが山下敦弘(E)だ。この人の作品が醸し出す「噛み合わなさ」や「届かなさ」は、やはり「今」を象徴しているのではないかと思う。
韓流の本流と傍流(?)72 movies[投票(3)]
〔韓流の本流?〕 A・・採点者500名以上 B・・採点者200名以上 C・・採点者100名以上 D・・採点者50名以上   〔韓流の傍流?〕 E・・コメント数3件 F・・コメント数2件 G・・コメント数1件 H・・採点、コメントなし
就職先、映画業界とりあえず希望140 movies[投票(12)]
A・・映画界はつらいよ  B・・シナリオライター修行  C・・私は女優  D・・銀幕、我が命   E・・裏方さん  F・・館内禁煙
フジテレビ映画 挫折と栄光の軌跡159 movies[投票(6)]
フジテレビの映画界進出の歴史は意外と古く、1969年の『御用金』まで遡る。だが映画界の壁は厚く、その後わずか2作を残しただけで約10年間沈黙。81年に製作を再開し、質的な充実を見せるとともに『南極物語』(83)の大ヒットで日本映画界に存在感を示し始める。しかし、その人気も80年代後半から徐々に失速し90年代の長期低迷期を向かえることとなった。次にフジテレビ映画が注目を集めるのは、3作品がキネ旬ベストテン入りする97年まで待たなければならなかった。そして『踊る大捜査線 THE MOVEI』(98)のヒットで一気に浮上。00年以降の日本映画界を代表する製作プロダクションとしての地位を確立し現在(05)に至る。  A・・黎明期(69、71年)  B・・勃興期(81〜88年)  C・・低迷期(89〜96年)  D・・復興期(97〜00年)  E・・隆盛期(01〜05年)  F・・バブル期(06〜現在)
おじさんの恋。おばさんの愛。46 movies[投票(6)]
A・・おじさんの恋は淡い  B・・おばさんの愛は激しい  C・・おじさんとおばさんの恋愛は切ない
その後のキネ旬ベスト10・最多ランクイン監督は誰だ!45 movies[投票(12)]
■2000・10年代篇■この20年間で、最もキネ旬ベスト10に数多くランクインする監督は誰か!2000年代初頭に始まり現在進行形の遠大かつ無謀な企画。・・・・フェンスオーバー・山下が7本で御大山田に並んで1位へ浮上。言い訳・西川が4本でベスト10入り。怒り・相日も加わった3本組み7人衆が虎視眈々とベスト10入りをうかがう2016年でした。
日本映画の「楽天」的改革改善史24 movies[投票(17)]
何でもそうですが行き詰まって展望が見えなくなると、何処からか救世主が現れたり、内部からドラスティックな奴が出てきたりで、結構何とかなるものです。戦後の日本映画にもそんなエポックメイキングな映画や人物がいるもので、そのあたりの代表的なものを大雑把に二つ三つづつ拾ってみました。まあ、面白いかどうかは分かりませんが・・・。50年代に黒澤明溝口健二が欧州で評価され、日本映画の海外向けブランドが確立(A)されました。一応、外国人も日本映画に目を向けて価値を認めてくれたわけで、これがなければ今ごろ邦画なんて消滅してたかもしれません。そして国内の大隆盛期を迎えるわけですが、隆盛はマンネリと紙一重。松竹ヌーベルバーグ(B)なんていって大島渚篠田正浩ら若造達が爺さんたちが大切にしてた壷みたいな大船調作法を叩き壊してみたり、一方、客寄せの花形時代劇やアクション活劇の定番ジャンルもだんだん飽きられてくると、ちゃんと工藤栄一深作欣二らによって内部から新陳代謝を果たし新たな定番化(C)が生まれました。でも今になって振り返ると、日活の絶対裸主義や松竹の『男はつらいよ』シリーズ化みたいに、会社側の要請って結局は縮小均衡策だったんだなと思えるジャンル固定化現象(D)もありました。そして、ついに映画界の閉鎖性はピークに達し新しい才能を外部に求めるしかなくなります。そこで作家やらミュージシャンやら様々な分野からの監督参入があったのですが、結局森田芳光黒沢清あたりのセミプロや学生あがり(E)、大林宣彦みたいなCF畑からの乱入(F)、北野武に代表されるタレント・役者監督(G)あたりが生き残った(あっ!伊丹十三は死んだな)感じです。あとは金がなければ映画は撮れないわけで、サイフの変化(H)の方を見てみると企業メセナだ、ソフトの時代だと騒がしかったバブル期が終わってみれば、角川や「踊るなんとか」みたいに出版社と放送局、そして投資効果の高いブランドアニメが生き残ったということでしょうか。まあ、ざっと見渡すとこんなところ。果たしてこれで未来はあるのか!なんて興奮せず。とりあえず「楽天」でいきましょ楽天で。
君はデレカンを見たか!25 movies[投票(13)]
ディレクターズカンパニー(通称ディレカン)。1982年、広告代理店出身のプロデューサー宮坂進を中心に、当時の新進若手監督たちによって結成された映画製作プロダクション。設立には、フリー助監督から監督デビューを果たし、それぞれ第一作が話題をよんだ長谷川和彦(36歳・以下全て当時)、相米慎二(34歳)、学生時代から自主制作映画作家として注目を集めていた大森一樹(30歳)、黒沢清(27歳)、石井聰亙(25歳)、同じ自主制作畑出身ながら独自にピンク映画界から一般映画への路を切り開きつつあった井筒和幸(30歳)と、若くしてピンクのベテランともいえる作品数を誇る高橋伴明(35歳)、さらに日活ロマンポルノ出身の池田敏春(31歳)と根岸吉太郎(32歳)が参加。大手映画会社の撮影所が若い作家達に門を閉ざすなか、全く新しい映画製作集団として注目を集める。以後、年に2〜3本の作品を世に送り出しながら、92年に資金難のため倒産。その10年の歴史を閉じる。
男はつらいよ 寅次郎恋路の旅48 movies[投票(14)]
ご存知のように『男はつらいよ』のフーテンの寅こと車寅次郎は、1969年から26年間に渡り44人(48作)の女性に惚れ所帯を持つことを夢見るのだが、ついにその恋を成就させることはなかった。寅はいかにして女たちと知り合い、そして寅が心を寄せた女たちはいったいどんな女だったのか。・・・・まず知り合うきっかけだが地縁・知人関係が上げられる。第一作の御前様の娘光本幸子に始まり、小学校の恩師の娘佐藤オリエ、さらに幼馴染八千草薫、同級生の妹岸恵子など初期は帝釈天まわりで固め、中期ではその傾向は満男の担任の母京マチ子にまでも及ぶ。また知人関係ではテキヤ仲間の未亡人音無美紀子や旧友の娘伊藤蘭志穂美悦子がいる。次に旅先でさらりと声をかける、いわばソフトナンパという手法がある。この手で寅は、OL吉永小百合、芸者松坂慶子、クラブ歌手浅丘ルリ子から、大物演歌歌手都はるみにまで接近をはかる。見習いたいのもである。最もポピュラーだと思われるのが、野暮用で訪れた先に偶然美人がいるというパターン。初期の旅館の女将新珠三千代から殿様の娘真野響子、寺の娘竹下景子、後期の理髪店の女主人風吹ジュンまでその数は限りなく、気に入るとその家に居座り連泊するという傾向がみらる。出会いに関してはバリエーションは見られるが、おおよそこのいずれかの中に当てはまる。それでは、寅はどんな女に惚れるのか。境遇でいえば未亡人や離婚女性(A)は妥当なところだが、別居中・夫婦不仲(B)といったともすればひと悶着ありそうな身の上の女性も結構いる。一人娘や婚期遅れの女性(C)は良いとして、数は少ないがちょっとまずいのではと思えるほど若い娘(D)もいる。タイプ別ではインテリ・キャリア系(E)、反対に寅と境遇の似たさすらい系(F)、水商売・客商売系(G)、そしていわゆるフツーの娘さん(H)に大別される。
むかし殿山、いま柄本。279 movies[投票(4)]
■殿山泰司(1915年東京生まれ、自称三文役者。1989年没) ■柄本明(1948年東京生まれ、劇団・東京乾電池所属) 邦画を見ていると三回に一回は、どちらかに出会います。いや本当に。ちょと大げさ?  A・・・私は見た!殿山泰司  B・・・私は見た!柄本明  C・・・殿山未見  D・・・柄本未見  E・・・2人の競演、たった1本   ※記憶違いがあったらごめんなさい。メール等でご指摘くだい。
男もすなる脚本というもの女もしてみんとてするなり112 movies[投票(11)]
時にはシニカルに、時にはラジカルに、時にはピュアに。男には創作できない特有の視点で物語をつむぐ女性脚本家たち。とかく男の視点が中心になりがちな映画製作の現場で、もっともっと女性が活躍してもよい分野だと思います。・・・03年4月8日、女性脚本家の草分け水木洋子さんが亡くなられました。享年92だそうです。もう少し完成度を上げてから公開しようと思っていPOVですが追悼の意を込めて公開いたします。細部の精度に関しては順次整備していくように致します。 ■水木洋子(A) 和田夏十(B) 平岩弓枝(C) 岸田理生(D) 那須真知子(E) 奥寺佐渡子(F) 渡辺あや(G)
私は秋吉久美子のファンである38 movies[投票(10)]
ここだけの話です。今から20年ほど前、私は女優の秋吉久美子さんと結婚を前提にお付き合いをしていました(当時、私のような人がたくさんいたようですが)。しかし80年代初頭、私は泣く泣く久美子を棄て今の妻と結婚しました。以来、妻一筋(という事になっています)。久美子とはもうずいぶん会っていません。会いたい!・・待っていてくれ、あの時の映画館で・・・(A・・久美子きらきら時代 B・・久美子ひらひら時代 C・・久美子つやつや時代 D・・久美子???時代)
時代の痕跡ーATG公開作品(60年代日本映画篇)15 movies[投票(4)]
胎動。メジャーへの反旗。
時代の痕跡ーATG公開作品(70年代日本映画篇)55 movies[投票(5)]
乱舞。真摯なる攻撃。
麗奈ちゃん・きりなちゃん、がんばっていきまっしょい!・・ね!24 movies[投票(8)]
“映画女優”。70年代、時代の空気に後押しされるように秋吉久美子、桃井かおり、大竹しのぶ、原田美枝子たちがスクリーンに登場した。80年以降、角川のアイドル達がいるにはいたが誰もが“映画女優”と認める新人は絶えて久しい。ここへきて、がぜん広末涼子に期待が集まるも、複数の“映画女優”達がスクリーンンの上を闊歩してこそ真の作品的活況と充実が形成されるのではないだろうか。私は田中麗奈と真野きりなに、その役を期待してやまない。起きよ時代の波。出でよ映画女優。気分はもう、娘を見守るお父さんである。  (A・・田中・真野共演、B・・田中麗奈、C・・真野きりな)