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赤い戦車さんのお気に入りPOV

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ミュージシャンによる映画音楽ロック、ポップ、テクノ、エレクトロニカなどミュージシャンの映画音楽進出第一作(CinemaScape登録作品中)をリスト・アップ。A:2010年代、B:2000年代、C:1990年代、D:1980年代、E:1970年代、F:1960年代。(*2012年2月13日公開)HW
デヴィッド・サミュエル・ペキンパー1925年2月25日生/過度の酒を飲みコカインを常用。プロデューサーに喰ってかかり、妻を殴り、俳優に喧嘩を仕掛ける。求めるものを得る為にはスケジュールも予算も、恩人や友人との約束も守らない。気に入らないスタッフは(たとえ実の娘や親友であっても)撮影中にどんどん解雇する。自分から人に好かれようとはしない男。/D・シーゲル『第11監房の暴動』でサード・キャスティング・ディレクター。TVドラマの仕事を経て『荒野のガンマン』で映画監督デビュー。『ダンディー少佐』でプロデューサーと衝突。トラブルメーカーのレッテルを貼られ以後5年近くハリウッドで干されることとなりTV界に戻る。ドラマ『ヌーン・ワイン』の成功が鍵となり『ワイルドバンチ』でカムバック。『ゲッタウェイ』で初の興行的成功。仕事もなくアルコールとコカインの禁断症状に苦しんでいる時に、師シーゲルに声をかけられ『ジンクス! あいつのツキをぶっとばせ!』で数週間だけ現場復帰。5年ぶりに与えられた作品『バイオレント・サタデー』では、この問題児を起用する条件として数々の厳しい条件が突きつけられたが、当時のペキンパーはそれを跳ね返せるような立場にはなかった。84年12月一人で旅行中のメキシコで倒れ、28日ロスの病院で永眠。心不全。/A=監督した作品(「ダンディー」以前)B=監督した作品(「ダンディー」以後)C=関わった作品。D=最終的には関与出来なかった作品。E=彼に間接的影響を与えた作品。H=「好きなのは自分の映画だけだ。他の野郎どもにいい映画を作ってほしくない」と公言しながら、実は好きだった作品。cinecine団
〓ホラー映画史−2〓質の高い作品が数多く生み出された、まさにホラー映画の黄金時代。1970年代&80年代のホラー映画史を彩った作品集。ABCD(70年代重要度順) EFGH(80年代重要度順)  人名リンクしてあるものは重要人物。 下に未登録作を記入。 ジャンル別の詳細は「魂のスプラッター」シリーズ参照。 徐々に改良していきたいと思います。ドド