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[コメント] チャイニーズ・オデッセイ Part2 永遠の恋(1995/香港)

砂漠で始まり砂漠で終わる。見渡すは無限の選択肢(道筋)と終わりの見えない道程
torinoshield

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







映画とは通常一回の鑑賞で話の筋を観客に飲み込ませ、想像を超えた展開に持ち込むことで驚き感動させるように工夫する。これは非常に難しいバランスで一回の鑑賞で理解できる、つまりは安易なストーリーともなる可能性が高い。脚本家や監督は客があくまでも初見だという事を前提にしてあまりにも複雑な展開は避けるようにするのが通常の手法だ。

ではこの映画はどうなんだ、と言ったら俺がこのような話の持ち出し方をした所でバレバレっす。作り手はストーリー展開について来るのは当然だと思っている節がある。 これは自動車教習所の下手な先生、或いは学校で異常に偉そうな態度をとってしまう先生と言えばわかると思う。簡単に言えば「情報なしの人間の理解度を理解していない」という事なのだが。(この点に関して言えば初見者の立場に立った映画に後のシンチー作品は修正されている)

ただ、彼の「大作を作りたい」というあふれんばかりの情熱がこちらに伝染し話の筋がどうであろうと何故か取り残されたような感情にはならないだけなのだ。だから大抵の人がこう思うはずだ。「話は途中からさっぱりだったけど感動した」と。

では何に感動するのだろうか?俺は長くてややこしいストーリーを延々やってきて最後、周りの人達が 全て(映画的な)ハッピーエンドになるのに仲間と共に砂漠に消えて行く孫悟空が チャウシンチーの人生そのものだからだと思う。

それは『喜劇王』でも『少林サッカー』でも笑いの中に埋没していたけれど何気なく フィルムに刻み込まれていた。道を究める人は孤独だ。彼のギャグが強烈なほど人々は笑いそれは表層からは埋もれ、そして彼の苦悩は深くなっていく。

チャイニーズ・オデッセイは砂漠が似合う。終わりがない旅の比喩として。

(評価:★5)

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このコメントを気に入った人達 (2 人)佐保家[*] べーたん

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