[コメント] 秘密のかけら(2005/カナダ=英=米)
「探求という行為においてミステリーを重要なジャンルと位置付ける考え方がある。もっとも、ミステリーはさして重要なジャンルではないのだが」(うろ覚えで引用)
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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未読で語るのもなんなんだが、おそらく原作はもっとかっちりとしたミステリーなんだろう。ホテルのスウィートルームでの密室劇、犯人が被害者を強請るという逆転したプロット、時代が経ることでの道徳観の変節、こういったものが原作ではメインに据えられていたのではないだろうか。ところが、映画ではここで上げた題材を描くことにはあまり関心がないように思える。
映画で行われているのは、主観の曖昧さ、時間の経過、文章やTV映像やテープレコーダーといった様々な媒体による記録物、こういったあらゆる違った位相を活用して描き出される、利他と利己に満ちた多くの人物の相関図の提示だろう。ラストに見ることになるのは、単なる一方的な好悪で結びついた人物の連なりとは明らかに違うものだ。
アトム・エゴヤンの映画では常になんらかの探求が行われている、そこで重要視されるのは探求の結果ではなく、探求の過程で見えてくるものを観客に俯瞰視させることだろう。故に、エゴヤンの映画では、観客は探求に参加しながらもメタな視点に立ち続けることを要求され、フィクションが構造物であることを常に意識させられる。そうしてフィクションに参加した観客は、単なる一面的な俯瞰図を見るのではなく、時間や時代を超え、主観と客観が入り交じった奇妙な場所に連れて行かれる。
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