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[コメント] キンキーブーツ(2005/米=英)

ほとんどの登場人物に感情移入出来なかったのに、まさか見終わった後にここまで感銘を受けるとは思ってませんでした。
づん

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







映画を観ていると、その物語を客観視する事で大抵の人物の思惑や心理が見えるもので、それによって登場人物の気持ちのすれ違いなんかが歯がゆく感じられる事があります。そして登場人物の誰かが自分と近い感情を持っていた時、その人に深く感情移入してしまったりして、それはそれでとても楽しく不思議な時間を共有する事が出来ます。でもこの作品は何故かどの登場人物の心理もイマイチ見えてきませんでした。

例えばチャーリーと、その婚約者。歴史ある工場が廃業の危機に陥っている。私は女性なのでどうしても女性の目線で物語を見てしまうのですが、自分がもしチャーリーの婚約者と同じ立場ならどうするか。「結婚したい病」の私にも彼女の行動が理解出来る部分があります。工場を売却して、水準の高い生活を送りたい。得体の知れない新事業に手を出して失敗した時のリスクを考えると、素直に工場を売却した方が良いのでは?そう思うのはとても女性的だし現実的に見えます。ここでチャーリーを応援して、新しい靴も履けずに地味に結婚式を済ませ、それでも健気に婚約者の支えとなる。・・・嘘っぽい。確かにそういう行動を起こす女性は稀かも知れないし、彼女が取った行動はとても現実的に思えます。でも私にはやっぱり彼女の気持ちが見えない。工場を売却して一時のお金を手に入れても、それから彼が新しい職を見つけなければならないという現実に立たされた時、それが正しかったかどうか、考えてしまうと思うのです。彼女は確かに現実的な考え方をしているかも知れないけれども、どうも目先の事しか見えていないように感じました。豪華な挙式と高い水準の新生活。彼女の頭の中では「結婚>チャーリー」となっていたんだと思います。

それからプライス社の従業員。先代のやり方と違うチャーリーに戸惑う気持ちは分かるんです。ドラッグクイーンの靴を作るなんていう突拍子もない閃きに心から賛同は出来ないのは分かるし、靴職人として誇りを持って仕事をしてきたからこそ戸惑う気持ちも分かるんですが、だったら「残業なんかしたくない、時間になったら帰るんだ」なんていう台詞は入れて欲しくなかったかなー。従業員なのか職人なのか、どういったスタンスで仕事をしているのか判断に戸惑いました。また、ローラに対する気持ちも全く見えてきませんでした。ローラやそう言った人たちに対する偏見て、案外女性は持たない気がするんですよ。だからこそ従業員(特に女性)の行動は良く分からなかったし、何を考えているのか全く分かりませんでした。トイレでの会話を聞き耳立てていたのはどういう心境から?腕相撲は果たしてどっちを応援していたのか?全く分かりませんでした。そういう意味ではあの、腕相撲をした男性職人は分かりやすくて「映画的」な存在ではありました。

あとは、ローラが履く靴に対して困っているという事が伝わりにくかったと思います。女性なら分かると思いますけど、長時間ストレッチ系ブーツを履いていたら足もむくんで、家に帰った頃には本当に誰かにひっぱってもらわなきゃ脱げない事もあるし、ヒールが折れたなんて事も私はないですが、たまに耳にする事だし、それらだけではローラ達が靴で困っているようにはとても見えませんでした。しかも結構可愛いパンプスを履いていたりもしたし。それこそ最初に野暮ったくダサい靴とかを履いているシーンでもあれば、納得出来たけど。ま、それでもチャーリーが最初に作った靴のデザインを考えると、チャーリーにとっては靴のデザインなんかで新事業のヒントを得られたとは到底思えませんけども。

それからチャーリーも従業員を15人も解雇したとか罪悪感に苛まれている割に、若い女性だけ再雇用したりして、なんだか下心ミエミエだし、だったら解雇した全員再雇用しろよ!って思ったし、婚約者がローラに暴言を吐いた時だって無言だったし、本当つかみどころがありませんでした。

でも実際生きていく上で、自分と係わる全ての人物の気持ちが汲み取れるなんて事はありえない訳で、そう考えると何を考えているか分からない登場人物に対するイライラ感は結構リアルだなーと思ってしまいました。最初は心理描写不足に感じていたんですが、それが意図していたか否かは別として、結果的に良い方向に作用したのかなと思いました。普通に生活していて色んな人の心情をクリアに見渡せる事なんてないし、何考えてんだろって思うような人にもよく出会う。でもこの作品の登場人物たちのように、ちゃんと前に進んで幸せを掴んで、そうやって楽しい時間を過ごすのが人生なんだろうなーって、なんか作品の意図してるところじゃないかも知れないけど、そういうところに感銘を受けました。

それから一番の見所であるミラノでのショーは圧巻でした。他のブランドのショーシーンが少し流れていて、それを羨望の眼差しで見ていたんですが、その後に始まったプライス社のショーの素晴らしい事。先に見た端正なショーが色褪せて見えてしまいました。ランウェイであんな事やっちゃってもある意味アリなんだなと、目から鱗でした。でもみんなちゃんとブーツを見てくれたのかな?っていう心配はありますけど。靴が大好きな私にとっては見ごたえ充分なミラノコレクションでした。

音楽もとても良かったんですが、欲を言えばもう少し歌唱力を伴っていれば最高だったなーと。欲張りすぎかな。それにしても私にとってはとても素敵な映画でした。

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08.01.22 記

(評価:★5)

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