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[コメント] ブロークン(2008/仏=英)

わりに好みな小品。ジョン・カーペンター黒沢清の孤高には及ぶはずもないが、『マトリックス』を思わせるようなどんより冷たい都市の空気が冒頭から期待を持たせ、空撮される街と、どこか遠くで割れる鏡とが、静かな終末感を誘う。(2011.9.19)
HW

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 ネタバレにする必要もないように思うのだが、これは、初めから侵略SFホラーとして見るべき作品。一人暮らしのアパートの部屋を出て地下鉄に乗るところから始まるオープニングなんか、映像・音楽ともに、まるっきりSFの空気ではないだろうか。疎外感漂う都市の生活に異質なものがひっそりと侵入を始める、そんな予感が早くから与えられる。私はもっぱらSF小品として楽しんだ。

 実際、物語の展開も、自分がどちらの側の存在か気がつく、という意味では、M・ナイト・シャマラン作品や、もっと言えば、仮想現実モノに近い感覚がある。そういう連想からすれば、鏡を破って「こちらの世界」へやって来るインベーダーは、いわば現実/虚構の境界を忘れて鏡の向こう側に没入しようとした存在で、ゲームにたとえるなら、キャラクターになり切ろうとしてしまったプレイヤー、ないし、自分をプレイヤーだと信じ込んでしまったキャラクターとでもいったところ。ヒロインの弟の恋人が狙われるときの、鏡の中の暗闇から光溢れる窓の向こう(=「こちらの世界」)を見つめるショットでは、単に不気味というよりはどこか憧れさえ感じさせるような吐息が聞こえる。

 しかし、こうした期待感が終盤まで順調に保たれていたかといえば、残念ながら、作り上げられていた雰囲気を裏切る箇所が少なくない。たとえば、恋人のアパートでの二重夢オチ(天井から血が→起きて見に行くが水漏れが続いてるだけ→洗面台に向かうと、鏡のなかの自分が襲ってくる→目を覚ます)などは最低。その途中に入る、「悪魔の顔」をした恋人にも白ける。撮影に力のある人なのに、なぜこんな余計なものをわざわざVFXで作るのか。

 ただ、これはたまたまの演出上の失策というより、プロットの甘さから来る問題なのだろう。全体として、個々のショットでは一定の緊張感が生まれるものの、それが次の場面にうまく接続されずにフラストレーションが溜まる、そんなぎくしゃくとした印象を抱いた。結局、『ボディ・スナッチャー』系の孤立感とサイコ・サスペンス的な孤立感とが十分に絡み合うことないまま混在させられてしまっていて、どちらを期待する人にも十分な満足を与えにくくなっているだろう。進行中の事態に集中しようとすると、ヒロインの記憶のほうに映画の焦点が向けられてしまい、しかし、その記憶の解明がロクに進まないまま、また事態が進展する、という足を引っ張り合う構図を感じてしまう。おかげで、最初は秀逸に思えた不安をあおる音楽も、だんだんと大仰な肩透かしになり始める。

 自分が狙われている側ではなく入れ替わった側だった、という結末は早々に予想がつくので、むしろその真実に気がついたとき、どういう葛藤や選択が起きるのか、それだけを期待して見ていたのだが、いつもの無表情・無感情のインベーダーに落ち着いてしまうのも残念。ここでの記憶の混乱は、「思い出せば解決」というかたちで扱われていて、同じ交通事故映画(?)で比較すれば、『オープン・ユア・アイズ』におけるような脱出不能な現実とアイデンティティとをめぐる危機へは発展せずに終わるわけだ。おまけに、ヒロイン一人のなかでドラマが完結してしまっているのも物足りないだろう。個人的には、恋人(入れ替わり済み)と弟(入れ替わっていない)とに「こっちへ来い」「いや、行くんじゃない」と挟まれていると、そこへ「おやおや、何を困っているんだい、スウィート・ハニー?」などと不敵な笑みを浮かべたパパさん登場、どうしたらいいの、みたいなクサいセリフや展開をほんの少し期待していたのだが(ちょっと感性が古い?)。

(評価:★3)

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