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[コメント] 憎しみ(1995/仏)

銃は、指一本で人を殺す事が可能であるのと同時に自分も殺す事が出来る。銃弾を放つからではない、持っているから緊張するんだ。いつ弾が出るか分からないから。 2004年9月28日ビデオ鑑賞
ねこすけ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ダラダラとしていて、最後の20分くらいまでは少々退屈だった。しかし、それまで軽くピリピリとしていた空気が少しずつ重くなり、緊張が増していく。ドンドンと緊張が増していく。このクライマックスは凄い。とてつもなく。

最後の最後まで銃を撃たない。だからこそ持続する緊張。だからこそ、最後の最後に訪れるあっけない結末。弾一発で終わるんだ。何もかも。同時に映画も終わった。

冷静な黒人のユベールは「問題なのは落下ではなく、着地だ」と言い、何か事を起こせば自分がどうなるか理解している。対して、「宇宙でさ迷ったアリ」のヴィンスは『タクシードライバー』の真似(?)をしながら、孤独の中で狂気を肥大させながら「憎しみ」を増殖させる。全ての「憎しみ」を銃弾が代弁してくれると信じて。

「こんな糞ったれな世界」を「抜け出す」為に何が出来るんだ。結局何も出来ず、いつの間にか最悪のシナリオが用意されている。着地なんてそんな楽じゃないんだ。落ちるのは楽なのに。堕ちるのは・・・ってなんか『レクイエム・フォー・ドリーム』みたいだな(違

スラムの一日がリアルに描かれているかどうかなんて、スラムの現状を知らない俺がどうのこうの言える訳は無いのだけど、詰まらない日常の一日を自然体で切り取りながら、そこからきちんと主人公3人の(っていうか2人か?)の苦悩と怒りを上手く表現していたと思う。

(別に拘っている訳じゃないのだけど)銃に拘る、と言う意味では、どこかで塚本信也の『バレット・バレエ』と似た所があるのかもしれない。同じモノクロだし。

しかし、画面に銃が登場した時は何もなかったのに、苛ついてるヴィンスが病院で警察に絡んだり、銃を見せびらかしたりしているシーンの緊張感は凄まじい。銃一丁で映画が変わっていた。勿論、銃に「憎しみ」がプラスされたからこそ、なのだけど。

ラスト、結局スキンヘッズの奴の一人と相撃ち(暗転したから正確じゃないけど)で終わる。けど、なんつーかあのスキンヘッドの奴らも主人公達と同じ様な存在なんだろうな、って思う。ネオナチだって不況で職が無く「移民たちが仕事持っててなんで俺達が!」て考え方に陥って「憎しみ」を自分の中で肥大させるんだから、コレは主人公達と似た所があるんじゃないだろうか。

きっと彼らにも「こんな腐った所抜け出したい」と思っている奴も居るだろうし、「大事なのは落下じゃなくて着地だ」と理解している奴も居るはずだ。でも、結末はコレだ。社会に対して「憎しみ」を持った奴と同じく「憎しみ」を持った奴らが一緒に自滅する。「憎しみ」を持ち、自滅した事が単純にバカで悪いのか。それとも「憎しみ」を持たせた奴らが悪いのか。

社会はそんな事は気にも留めず、ただ流れていく。

所で、「大事なのは落下ではなく着地だ」と言いながらこんな鋭い傑作を生み出したマシュー・カソヴィッツは、どこに着地したんでしょうか?『クリムゾン・リバー』見た感じだと、随分と「宇宙で迷ったアリ」なんだなぁ、と、心配になりますよ(要らん世話

(評価:★4)

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