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[コメント] 地獄に堕ちた勇者ども(1969/伊=独=スイス)

ヴィスコンティ監督が、とうとうヴィスコンティ以外誰にも撮り得ない境地に達した作品。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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 1933年2月に起こった国会議事堂放火事件を題材に取り、ナチス政権と貴族の関係を、時代の流れと、時代に取り残された者達の対比を通して描いた作品。

 映画人はリベラリストが多いと言うが、その中で最もよく例に出されるのがヴィスコンティその人だろう。この人は貴族でありながら共産党員となり、映画でも初期は人民のために。という思いを持って作られた作品が多い。それも徐々に変わってきたが、例えば特権階級を揶揄したり、あるいは貴族の没落を描く作品を作り続けたのは、やはりヴィスコンティの中には反逆者精神が最後まで残っていたためなんだろう。勿論作品として、単に反逆から作られたのではなく、この作品を通して民族そのものの悲劇を描き出そうとした試みでもある。まるでシェイクスピア劇のようで、単にその時代を描くだけではなく、不変的なテーマさえ盛り込まれている。

 『山猫』に続き本作はその傾向が非常に強く、貴族の生活が、徐々に高まってくる時代の変革によってプライドが削り取られていき、その退廃ぶりが赤裸々に描かれることになる。『山猫』の場合はまだ古き良き時代の健全さというものが残っていたが、本作においては健全さなど全くなく、近親憎悪と、家族の間でも利に走る人間の姿が、極めて毒々しい演出の中で演じられる。

 少なくとも、本作はヴィスコンティ以外の誰にも作ることが出来ないのは確か。人間の低俗性を描ける監督もいるだろうし、色彩感覚に優れた監督もいる。耽美描写に長けた監督もいる。だが、それらを一緒くたにして、一本の映画として完成させる実力を持ったのはヴィスコンティ以外の誰もなしえない。ヴィスコンティ監督の唯一性というものをここまで表した作品はなかろう。

 本作で服装倒錯者を演じたヘルムート=バーガーがブレイク。以降公私を通じてヴィスコンティのパートナーとなる。一種の記念となる作品。

(評価:★4)

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