[コメント] カナカナ(1995/日)
映画を見終った人むけのレビューです。
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中学生の男の子に一番感情移入ができた。主人公の気持ちはわかる部分もあるけど、わからない部分のほうが多い。
今はお勤めをしていなくて、恋人とも別れ、趣味を楽しんだりしながら実家にいる30歳の女性(主人公)。そんな女性に親は良い顔をせず、彼女は実家に居づらくなっている。また、母親と2人暮らしをしているが、母親がどこかに行ってしまって帰ってこず、微妙にいじめられていて学校にも行かないで1人で家にいる男の子。その2人が出会い、主人公が男の子の家に住み着き、半同棲をするという話。
まず30歳の主人公である女性と14歳の男の子が同棲をしてセックスもするということが驚愕でした。でも14歳という年齢は子供でありつつ子供でないという、その、子供性と子供性を超えるものの、その両方を兼ね備えているように思う。だからその男の子にとって、主人公は母親のような存在でありつつ、1人の女性という存在でもあるんだろうと思うし、主人公にとってみれば男の子は子供のような存在でありつつ、子供ではない存在でもあるんだと思う。
主人公は、親がいなく1人で暮らしている男の子の寂しさを埋め、男の子を包みこんでくれるような「母親性」みたいなものと、性に目覚め始めた(というかガンガンか)時にそれを埋めてくれる「女性性」の両方を兼ね備え、それを男の子に与えるのだ。
なんというか、その母親性と女性性その両方を与えてくれる存在、という主人公に、ぼくはとっても「あぁ(ため息)」という感じでした。わかっている。この監督はわかってらっしゃる(そしてもしかしたらこの主人公も)。と思いました。
ただ、与えるものが主人公から男の子への一方的なものでしかないように思えて、主人公のほうは男の子と出合って何か得るものはなかったのだろうかとちょっと思ったりもした。そう考えると、主人公は、女性性よりも、母親性のほうがより強かったのかな、とも思った。
また、このような設定上の(中学生と30の女性が同棲する)ありえなさ(そしてその中に含まれる女性性と母親性の両方を兼ね備えた女性の存在)、そしてでも、ありえないけどありえたらサイコーと思える、いやむしろありないからこそありえたらサイコーという、このありえなさそうだからこそその価値が高まるもの(いわば禁止されるからこそそれを破りたくなるみたいな)そういうものの中にある<リアル>。
と、主人公や男の子の演技、男の子の家(車がガンガン走っていてうるさい道路の目の前にある。これは個人的にツボでした)、主人公が実家にいづらいという状況、主人公の妹が元彼とセックスしてしまう(これはありえなさそうだけど)という事態、或いはもう全てのシーンにおける雰囲気(と言ってよいのかわからないけどそう言ってしまいたいくらいよかった)。これはこれで別な「リアル」を感じました。
そのような2つのリアルが重なり合うことで、なんだかとんでもないことになっていた。アラは結構あると思いますが、個人的にはかなり好みな作品です。
しかし思い返せばぼくは特に中学時代にこういう人の存在を望んでいたように思う。そして今もそんな部分が結構あるなぁ
*リアルという言葉がどのようなコトを表しているのか、それを言葉に表すことが難しい。リアルを説明してくださいと言われてもたぶんうまくいえない。でもうまくいえないけどいうなら「ああわかるわかる」という感じかな。それは頭でわかるというよりは感覚でわかるというほうが近いと思われる。
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