[コメント] 二人で歩いた幾春秋(1962/日)
改めて日本はずいぶんと変わってしまった事をしみじみと感じさせられるものでもあります。
**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。
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これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
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監督の代表作とも言える『喜びも悲しみも幾春秋』以来、定期的に監督は日本の夫婦や親子の関係を時代の中で見直す作品を作り、その度毎に『幾春秋』という題を付けてきた。本作は戦後から始まる約16年間が描かれていく。
16年という年月は長い。その中で安い給料の中、真面目一徹に働き続けるモチベーションはこどもにあった事がよく分かる話で、価値観多様の現代から見ると、なんという不器用な生き方なのだ。と思えてしまう部分もあるのだが、改めてこれが本来の人間としての生き方なのかも知れない。とも思える。『喜びも悲しみも幾春秋』の灯台守のような特殊な職業ではないが、こういう人達が今の日本を作ってきたのだだ。ナンセンスと笑う訳にはいかないだろう。
お互いを思うが故に、互いの心が分からなくなると言う途中の義雄と利幸の軋轢はどことなく「賢者の贈り物」を思わせるところがある。
やりきれない日常の中で希望を持ちつつ生きていく生活が主体になるが、その描写を過度に暗くせず、親しく捉えているのが特徴。小津の作品とは性格が異なるが、何気ない生活を切り取ってドラマにしてしまえるのが木下監督の強み。少なくともこういう作品を衒い無く作れる監督が日本にはいたのであり、やはり重要な監督であることを再認識させられる作品だろう。
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