コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] ヒューマンネイチュア(2001/米=仏)

で、結局、「ヒューマン・ネイチュア」とはいったい何なのか?(2011.10.17)
HW

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 一見すると、アイディア先行のまま主題が混乱しているかのように見えて、見終えてみると、チャーリー・カウフマンの脚本は実に明晰。

 この映画が描いている「ヒューマン・ネイチュア」(「人間の特性」とでも訳すか)とは、「嘘をつくこと」なのだろう(もっとも、嘘をつくのは言葉を話す人間だけ、と考えるのは傲慢な偏見で、聞いたところによると、類人猿にも仲間を欺く行動は見られるそうですが)。ライラ(パトリシア・アークェット)は殺人について嘘の自白をすることでパフ(リス・エヴァンス)の「自然な生き方」を守り抜こうとする。ところが、ラストのどんでん返しによって、パフはここでも「期待される通りに演じた」だけだったのだ、と分かる。ネイサン(ティム・ロビンス)が実験を通してパフに教え込んでしまった文明的な生き方とは、結局、直感や衝動とは別の態度を表面につくろうこと、「嘘をつくこと」だったのだ。パフを迎えにやって来たガブリエル(ミランダ・オットー)は、アメリカ人であると暴露されていても、フランス語訛りを演じ続ける。パフは、車の窓から森の中にライラと暮らした小屋の幻覚(?)を見るが、車中のガブリエルへと向きかえり、これが自分の選択なんだと自らに言い聞かせるようかの表情を見せる。ライラとガブリエルのどちらを愛しているのか、という「ネイサンの選択」と同じく、彼もまた自分の本心がどこにあるのか見失ってしまうわけだ。「ヒューマン・ネイチュア」の問題点とは、「嘘をつくこと」それ自体ではなく、そうして行動と内面とを分けて考える二面性をひとたび手にすれば、どれが嘘でない「本心」なのか、ついには本人にすら分からなくなってしまうそのことであるらしい。

 しかし、そもそもパフの父親からして、自分の考える「自然な」生き方をさせるために、文明社会の存在、母親の存在を隠す、という嘘をついていたのではないか。ある意味、パフは「嘘のない世界」という巨大な嘘からネイサンの手によって救い出された、ともいえる。代わりにあるのは「嘘のある世界」という残酷な真実で、ライラはそこからパフを強奪して、「嘘のない世界」に連れ戻そうとするが、その「嘘のない世界」はもはや人工的な虚構でしかなく、再び現れたネイサンの前で二人が言葉を話せないふりをするのは痛ましい。言葉を与えられたことによって自分のなかに生じた混乱を言葉でしか言い表せないパフ。そして、パフの父親が文明に見切りをつけた事件というのがケネディ暗殺だったというのだから、誰が撃ったのかをめぐって、パフが嘘をつくのは痛烈な皮肉だ。

 ということで、かなりシリアスな内容を読み取れる作品だが、逆にいうと、それは、「ヒューマン・ネイチュア」とは何なのか、なんていう大げさなレビューを許してしまうスキがあるということでもある。「人間って何?」みたいな問いそのものをとことんバカバカしくしてしまうような痛快さを期待すると、少し物足りなく見えるかもしれない。ミシェル・ゴンドリー監督の映像世界も他の仕事と比べると控え気味。

 個人的に一番笑ったのは、突然現れた実の母を前にしながら、パフが腕時計にチラッと目をやるところ。「だけど、僕はこれから森に還らないと」(笑)。

 あるいは、ガブリエルがドア越しに時間稼ぎする場面もお気に入り。激しい歯磨きの音に向かって「ごめん・・・帰るよ」とうなだれるティム・ロビンスの気弱な表情と、「ドアは開いてるわよ、ろくでなし!」と返すミランダ・オットーのデタラメな喋りの取り合わせが絶妙。アクセントをギャグにするというのは、たいした芸もなしにやられると、偏見的で不快なだけだが、ここではむしろ、フランス語訛りにコロッと来ちゃう男(女も?)とそれを利用する女(男も?)が笑いの対象になっているのだから、つくづく下らなくって心地よい。というか、フランス語訛り英語(本物)のかわいさといえば、私も、同監督『恋愛睡眠のすすめ』のシャルロット・ゲンズブールにすっかり参ってしまった口でした。

 脇役では、ネイサンの父親役ロバート・フォスターが登場のたびに笑える。ライラの少女時代を、当時無名(?)のヒラリー・ダフが演じているのも、いまからすると注目か。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。