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[コメント] ファウスト(1926/独)

最高の演出力を持ったドイツ映画最後の輝き。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 ファウストの生涯は伝説となり、様々な逸話を作り出した。その内のエピソードの一つは、彼が、悪魔と契約を結んだ。とされる話なのだが、これも伝説によると、ファウストは悪魔に魂を売る際、その代価として、「私に「時よ止まれ。お前は美しい」と言わせてみろ」と迫る。悪魔は様々な手練手管を用い、ファウストに快楽を教えようと働きかけるが、最初の内はそれで満足していたファウストは徐々にそのような生活に飽きるようになっていった。それを見た悪魔は離れていき、虚しさを感じつつ旅をしたファウストは、荒れ果てた荒野を見つけ、そこを豊かな土地にすることを自分の目標とし、自分の知識の全てを用い、骨身惜しまず働く。何度と無く失敗を繰り返しつつも、徐々に人が集まり、共同で努力を続けていくうちに、ついにはその地は緑なす原へと変わっていった。老人となったファウストは、ある日塔の上から自分の手で作り出した丘を眺め、満足をもって「時よ止まれ。お前は美しい」と呟いたと言う。そしてファウストはこの世界から姿を消した。後にその部屋を訪れた人々は、ファウストがいた部屋にまるで大きな爪でそぎ取ったような傷痕が残されているのを発見する。と言うもの。

 これ自体がなかなか深い物語だが、それだけにこれを小説化を試みた人は結構いたらしい。その最高傑作とも言えるのがゲーテによる「ファウスト」である。彼は作品で恋物語を絡めてみたり、悪魔に人格を与えてメフィストフェレスという存在を創造したりし、元ネタを人間の業に絡めてより深くドラマ化していた。尚、日本でも手塚治虫氏がいたくこの物語を気に入って、自分のライフ・ワークの一つとして何度か漫画化、あるいは映像化しようと試みていた。氏の絶筆漫画が「ネオ・ファウスト」であったのはご存じの通り。

 ゲーテは前半部分に恋物語を絡め、後半部分に人のために働くファウストを描いているのだが、この映画はその部分だけを抜き出して映画化したため、物語のラストは映画オリジナルのものとなっている。むしろファウスト自身よりその恋人であるマルガリータの方にスポットが当てられているのが特徴。その分、ちょっとラスト部分には首を傾げてしまうけど、まあ、この時間ではあの大作を全部やれないことを考えると、英断だったのかも知れない。

 まあ、取り敢えずストーリーは置いておいて見てみると、いくつもの画期的な要素がこの映画にはある。

 まずはキャラクター。ドイツサイレント映画を代表するエミール・ヤニングスがメフィスト役をやっているのだが、これが又凄い。天使を相手に渡り合うシーン。ファウストを誘惑するシーン、人間の女性に迫られてたじたじとなるシーン、高笑いをしたり、逆に絶望したりと、表情を見るだけでも凄いもんだ。ドイツにはこんな役者もいたんだよなあ。

 それと特撮技術がふんだんに使われている画面もかなり凄い。クレイアニメーションやモンタージュ合成を駆使し、画面はとかく見栄えがする。映画の可能性を限界まで引っ張ろうとする監督の姿勢がよく現れていた。白黒画面で、しかもこの時代にこれだけの合成を用いたというのが凄いな。この年フリッツ=ラング監督の『メトロポリス』も作られていて、ドイツ映画の凄さというのをまざまざと見せ付けてくれた。

 …ただ、残念ながらこの年を境として、ナチスによる弾圧により、ドイツ映画は衰退の一途を辿る事になる…潰されてしまったドイツ映画の可能性を思う。

(評価:★4)

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