コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 満員電車(1957/日)

自分が社会の歯車だと自覚できるほど大人かどうかを問われる作品です。それによってコメディとも、悲劇とも捉えられます。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 所得倍増計画により、右肩上がりの成長を見せる時代の日本を皮肉とペーソスをたっぷりと入れて描いたシュールなコメディ。

 市川崑は日本を代表する映画監督の一人だが、彼のフィルモグラフィを眺めていると、いくつかの区分に分けられると思う。その中でも脂が乗り切る前(要は「巨匠」と呼ばれる前の時代)、パートナーの和田夏十と組んで作られたこの頃の作品は、実験精神にあふれ、とても面白いのが揃ってる。

 この頃は市川監督もいろいろチャレンジをしていたが、その中で作られた本作は前衛劇調を取り入れつつ、その時代の人間の精神の荒廃を鋭く突いており、社会風刺としてもきちんと機能した良作に仕上がっている。

 前衛的で社会風刺が利きすぎているため、テーマに中心を置きにくい作品ではあるが、誤解を恐れずに言えば、本作のテーマは人と人とのつながりと言うことになるだろうか。人間が本来持つべきの親子の情愛、男女の性愛、男同士の友愛。そんなものが社会の歯車によって壊されていき、一見まともに見えていても、深いところで徐々に壊れていく。現代社会はそんなところだ。と言う部分と、壊れた人間に再生はあり得るのか?というポジティヴな側面を持ち、当時の日本社会を端的に示した感じだろう。

 同じ市川監督の『おとうと』もそうだが、こう言う役柄に川口浩は適役で、若者の持つ不遜さと不安定さ、情けなさもしっかり演じきっていた。脇を固める笠智衆、杉村春子といったヴェテラン陣のはまりもよく、単純な前衛劇になってないのも良い。

 …まあ、少なくとも、そう言った社会の歯車になろうと思ってもなれなかった人間にとっては、コメディというよりも恐ろしいリアリティを持って迫ってくる作品ではある…少なくとも、胃を壊しかけ、どんなに給料がよくてもこんなところで働いたら早死にしてしまう。と、全く違う職種に転職した人間の目からしたら…今だって歯車には違いないけど、それを納得してやってるから。

(評価:★4)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。