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[コメント] es [エス](2001/独)

映画は時として自分自身を映し出す鏡にもなります。
甘崎庵

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 これは1971年にスタンフォード大学で実際に行われた実験。元々は海兵隊刑務所で問題が相次ぎ、刑務所に入れられた人間の心理を調査してくれ。という軍の要請で、心理学者フィリップ=G=ジンバルド博士を中心に行われたそうだが、2週間の予定が実験開始後一週間もしないうちに本物の刑務所のようになってしまい、打ち切りとなってしまった実験である(だからドイツで作られたにもかかわらず、本作の舞台はアメリカになっている)。実際にジンバルド博士の恋人がこの惨状を見て、強く中止を提言したために中止となったが、当事者はこれがどれだけ悲惨なことなのか意識が無かったという。本作の場合、それがもし最後まで行われていたら?と言う観点の元で製作され、最後の悲劇に向けて疾走していった。

 事実問題はともかく、本作は人間の社会的役割について強く問いかけてくる作品とは言えよう。

 私たちは誰しも社会で生きていく際、その立場に合わせて仮面を付ける。極論を言うようだが、学校というのは、勉強を教えるよりも、よりよい仮面の付け方を教える場所だと私は思ってる。

 そして学校で身の処し方を覚えた人間は社会に出て、そこでそれまでの仮面を破壊され、新しい仮面を作っていくことになる(度々脱線だが、現在引きこもりになっている人には、この仮面を作りにくい人が多い)。

 各々置かれた場所で自分の場所を作り出すために仮面を付け、それがやがて社会的な評価となっていく。これが人間社会である。

 だが、その割り当てられた場所が普通と違った場所だったらどうか?

 異常なシチュエーションであったとしても、置かれた立場に従い、人はやはり仮面を付けていく。獄中書簡や流刑にされた人の手記などを読んでみると、その中で徐々に自分自身の考えが変わっていくことがよく分かってなかなか興味深い。

 それを人為的に与えられたらどうなるのか?

 これは心理学者にとっては大きな興味だろう。事実ロールプレイングでやってみると、最初の内は気恥ずかしさがあるものの、僅かな時間でそれにどっぷりはまってしまうことは心理学をかじっているとすぐに分かること。人間は自分自身で思いこむことが出来さえすれば、ほんの10分単位でもその仮面をかぶることが可能なのだ。

 この作品は流石に事実を元にしているだけあって、当初の反応は面白い。特に囚人側はこれをゲームの一種として受け止め、ことごとく看守役に反抗していく。この反応は、精神的に下位に置かれることを心ではどうしても拒むから。誰しもある反応。一方看守側は一旦手に入れた精神的優位を絶対手放したくない。と言う心理に陥る。要するに馬鹿にされることに我慢出来なくなるのだ。人の上に立ってみるとよく分かる。自分の失敗を指摘されたくないあまりに高圧的になってしまうことは私自身にだってある。はっきり言ってしまうと看守側の気持ちの方が今の私にはよく分かる。

 権力に裏打ちされた高圧的な態度こそが、実はこの作品で描かれる最も恐ろしい部分で、これが自分自身にびんびんに響いてくるからこそこの作品は冷静に観ることが出来ず、大変怖い作品になり得た。

(評価:★4)

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