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[コメント] 旅立ちの時(1988/米)

作劇術にどこまでも忠実な脚本。「家族の離別」と「子供の成長」というテーマが、シドニー・ルメット監督によるクラシック音楽のような演出で流麗に語られていく。
田邉 晴彦

**ネタバレ注意**
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今年(2011年)劇場で観た『キッズ・オールライト』(リサ・チョロデンコ監督)を思い出した。子供が社会の中で成長していけば、その先には必然的に「子離れ」「親離れ」が待っている。テロリスト一家(本作)であろうと、両親が同性愛者の家庭(『キッズ・オールライト』)であろうと、それは変わらない命題である。そして、家族みんなが勇気とお互いへの愛情をもって道を選択する限り、どんなに離れたって、なかなか会えなくなったって、きっと家族は大丈夫なのだ。

脚本の構成を振り返りたい。冒頭、FBI捜査官が家の周りを張っていることに気付いた長男の機転により、主人公の家族は急場を脱する。慣れた感じで街を離れる四人。暮らしていた家も可愛がっていた犬も髪の色も学校の成績表も「過去のもの」として置き去りにする。後に残るのは家族だけである。そこから、また新しい生活を始めるのだ。特殊な環境に置かれた家族。一定の緊迫感がありながらも、愛情で繋がっている四人の様子が描写される。とかく動きの少ない(動的ではなく静的な)本編に対して、スリリングな展開の中でキャラクターについて説明している。魅力的なセットアップである。

そこへ、一人の少女が登場する。マーサ・プリンプトンだ。彼女と恋に落ちた長男は、これまで通り偽名と嘘の言葉でもって少女と向き合うことに息苦しさを覚える。そして、何もかも打明けた後、彼女と結ばれることを願うようになる。また前後して、自らのピアノの才能に目をかける教授(少女の父親)が現れる。彼の推薦もあって、音楽学校への進学の可能性が提示される。しかし、犯罪一家の一員でいる限り、彼にそのような自己実現のチャンスは与えられない。家族か、自己実現か。長男は葛藤を抱える。

長男ばかりではない。彼の両親もまた葛藤を抱えるようになる。母親はリアリストだ。富豪の令嬢でありながらも活動家になる情熱と信念を持ってはいるが、費やした時間の割に結局何も果たされなかったことへの無力感と、自分の両親への慕情に苦しんでいる。また、長男が自己実現の欲求を抱えていることを知り、彼の人生の可能性を自分たちのエゴが潰していることに気がつく。彼女は行動を起こす。父親に長男の進学の面倒を頼むのだ。それは若かりし頃の彼女からすれば、「敗北宣言」である。かつて「帝国主義のブタ」と罵った自分の父親に、最愛の息子の未来を託そうとしている。自分が失ってしまった生活や未来はもう取り返しのつかないものであるが、長男に同じ轍は踏ませたくはない。彼女は女であるよりも、活動家であるよりも、母親としての行動原理を優先したのだ。どんな形にせよ、ひとりの人間が自分ではなく他の誰かのために流す汗と涙は、最も純粋な感動の供給源である。

それに対して父親の葛藤はより幼児的なエゴだ。それは「家族と一緒にいたい」という共同体(ファミリー)への憧憬であり、愛しているが故に彼は長男を束縛しようとする。最終的に、彼はリバー・フェニックスに「君は自由だ」と伝えて、「子離れ」を果たすわけだが、父親の心情の流れが作中のアクションからうまく伝わってこない。もう1シーン、1シークエンスでいいから、父親が「子離れ」を決意する瞬間を描くパートを挟み込むべきではなかったか。この1点が非常に惜しいと感じる。

いずれにせよ、自由を与えられたリバー・フェニックスの清々しい表情で本作は幕を閉じる。「いつかまた会おう」父親は別れ際にそう語りかけた。“Fire and Rain”のメロディはいつまでも優しく鳴り響いて行く。

(補記1)本作のリバー・フェニックスの演技は素晴らしい。特に恋人に別れを告げるシーンの切ない表情。観る人が観たら恍惚感で死ぬかもしれない。単に演技の素養があるという以上に、ファミリー・インターナショナル出身で特異な幼少期を過ごしたリバー・フェニックス本人のバックグラウンドが、単なる二枚目俳優にとどまらないカリスマティックな印象を彼には付加している。

(補記2)問題を抱えるナイーブな少年役という意味では『ギルバートグレイプ』(ラッセ・ハルストレム監督)のレオナルド・ディカプリオを想起する。両者に通ずる瑞々しさと傷つきやすさを兼ね備えたキャラクターを体現できる若手俳優…しばらく観てないなー。

(評価:★4)

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