コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] 女の一生(1962/日)

悪意など特になく、ただ資本の運動に心情的に身を委ねた戦争成金京マチ子。マスムラ企業ものの基調だろうか。彼らしからぬ沈着な作劇は森本薫への尊敬が感じられる。効果音だけの劇伴連発が凄い。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







序盤で楽天的に、日露戦争の日本勝利を喜び、これでロシアが出てゆく、我々も清国を打倒するのだと誓っている留学生の孫君(山中雄司)。番頭格の小沢栄も回想のなかで、昔の支那浪人は中国を愛していたのにと語る。明治は良かったが昭和で狂った、という史観があったのかも知れずこれは眉唾ではある。京マチ子の父は日清戦争で戦死して、彼女は町を彷徨い、田宮二郎の会社は日清戦争で儲けた。同じ戦争なのに何という運命、という小沢の発言を聞いて、田宮は家無しの京を家に留める。

五年後に東山千栄子が彼女を長兄高橋昌也の妻にして自分の跡取りと見込んだ時、次兄の田宮も彼女を中国へ誘う。京マチ子は東山を取る。この選択に違和感がない。京に貧乏から拾い上げてくれたこの家への忠誠があるのは当然だし、恋愛感情から東山を裏切るなどできないだろう。しかし、こういう必然性が東山=京の陥った罠だった。戦争成金のふたりに映画は悪意を認めていない。ただふたりは資本の運動に心情的に身を任せたのだった。

綿花や大豆の買い付けで「提洋行」は儲ける。中国を食い物にしていると云われ、従業員の離反に京マチ子は報酬増と軍隊で対応する。業界団体でも軍隊の派遣支援を決議し、みんな拍手する。軍人と義妹の結婚を画策し、「中国は日本の生命線」「うんと儲けるんですな、後押しはしますよ」。本作は軍産共同体を描いてヤマサツ『戦争と平和』に先行している。

京は田宮に、貴方は貧乏の辛さを知らないと云う。東山は息子の田宮に、家から出て食べてゆく苦労を知れと云う。しかし程度問題ということがあり、この会社の飯の喰い方は激し過ぎた。ただ、彼女らは守銭奴ではなく、濡れ手に粟と稼ごうとはしていない。ブルジョアなりの倫理観がある。そこを抉ろうとしているのが本作の大いなる美点だった。彼女の動機は夫の跡継ぎでしかなかった。「一度選んだ道ですもの」という京の科白もある。

帰国した田宮を京は特高に売る、という酷薄を、映画はクライマックスにしている。「いつまでもこんな家に縛られていては駄目だ、ますます人間らしくなくなる」と云う田宮に、「私の気持ちも判って」と京は嘆く。家と会社を護るためには仕方ないという気持ち。京がかつて入ってきた裏口から出てゆく田宮という重層的なイロニー。京は東山の仏壇に報告する。

戦争末期、別居していた亭主の高橋昌也は娘の叶順子の窮状を見かねて京に同居を頼みに行き、軍隊べったりの豊富な食料に呆れて退散、ここで死んじゃうという展開がマスムラ好みか。貨物船が米軍に沈められて会社倒産。小沢「戦争でできた会社だから、戦争で潰れたらいい」は、倒産しない会社への嫌味に聞こえる。敗戦、出獄して廃墟に戻ってくる田宮、京を連れ出そうとするが京は拒む。「いつでもいらっしゃい」と田宮は云う。

作劇は大映印の押し込みが見られ、小沢の京への懸想など地味に終わったが些細な欠陥だろう。序盤、京マチ子の垂れた肩、曲げた背中をキャメラは俯瞰で捉え、最終盤にこのショットを反復する一方、中盤の彼女の背は伸び続ける。時間経過の感慨は細部を穿っており、浦路洋子三木裕子の姉妹が娘時分から老嬢になっても相変わらず喋くりまくっている描写に哀しくなるものがあった。

(評価:★5)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。