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[コメント] 鯨神(1962/日)

鯨捕りに取りつかれた狂乱の鯨漁港がクライマックスに向けて徐々に静謐へと向かい、伊福部節がよく似合う神話世界、ラストの科白一発でランクが一段上がる見事なホン。しかし兵隊の殺戮のトランスをアナロジックに全肯定しているニュアンスが如何わしい。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







水俣の和田浦。櫓漕ぎの六人乗りの舟がたくさん、網かけてから銛縄付きとついていない銛二種を一斉に突き刺して銛綱手繰り寄せる漁の方法がタイトルの前後で三度描かれる。丘の上で筵旗が上げられると出航の合図で村人は総出で見送る。しかし三度とも被害者が出て被害多数。村田千枝子さんが海辺で子供に仇討てと教えると、外国人神父がシュールに登場してアクマと力比べするのは人の子のすることではナカと九州弁で説教。村はキリスト教が普及しており、村田の子本郷功次郎は敵討ちを神に誓う。ここで「復讐するは我にあり」の主題が提示される。

被害者の骸が並ぶ浜で村田は『ポチョムキン』の登場人物のように復讐を叫んで狂乱。村人は全員復讐を誓う。この導入部、時間を短縮させているのか時制を混乱させているのか、異様な迫力がある。そこで高い処から鯨名主(くじらみょうしゅ)志村喬(志村の家に隣接した、太鼓が叩かれるなか集団で肉刻んで鍋が煮える鯨肉の加工場が描写されている)が鯨神撃った奴に娘江波杏子を家屋敷付でくれてやると宣誓する。本郷が名乗りを上げると紀州からやって来た体躯黒光りさせる勝新も名乗りを上げ、余所者を嫌う志村もこれを了承する。

勝新は決闘迫る上田吉二郎を宿屋でボコボコにし、本郷の妹高野由美の恋人竹村洋介は本郷に、この村は狂っている出て行って学問すると云い、本郷は最初は怒るが後には執着がなくなったかのように結婚を許す。クロサワ映画の女優のような遠い目をした江波は鯨の身代わりになりたくないと冷淡に志村に云うが、志村もまた鯨神への執着を語る。本郷が好きな藤村志保は夜の海岸べりで本郷に云い寄るが、本郷は俺がしたいのは鯨退治だけと構わず、藤村は勝新に犯される。喧嘩の挑戦に明け暮れる勝新は志保への嫉妬からか本郷にも挑戦するが、本郷は俺の相手は鯨神と取り合わない。村田は天国から鯨退治を見ていると本郷に云い残して死ぬ。

ここで映画はようやくトーンダウンする。志保は村はずれの墓所の横の産婆小屋で、ひとりで勝新の子供を産む。知った本郷は誰の児かも尋ねずに自分の児と村にウソつく。本郷は鯨取ったら江波との結婚の契約を事前に破棄し、鯨神退治を純粋なものにしたいのだと知れる。藤村と同衾して夫婦になり、志保の母親の婆さんが知らんふりで片隅で寝ているのが貧乏を表して凄い件だった。志保はあんたが死ぬのは厭じゃと泣く。和風な教会でふたりだけの結婚式。神父は赤子に豪気な肝っ玉の据わった鯨捕りになれと語りかける。結婚知った江波はシュールな無表情でお前は私の自尊心をズタズタにしたと詰る。本郷は死んだ母の遺言で離村した爺さんに話聞きに行く。彼は鯨神には三日三晩引き摺られた、和田村の連中は狂っとる、秘訣は鼻瘤にしがみついて離さないことだけじゃと語る。

半鐘が鳴らされ鯨神来るの報が村人に知らされ、勝新は俺に譲れと恐喝して本郷と喧嘩。当日は太鼓に合わせて威勢よく仕事唄歌って銛持って踊って出航。今回は興奮した志村が先導。鯨はそんなに大きくないのがいい。銛綱撃った処で勝新が鯨神に向けて泳ぎ飛び乗り、網伝ってよじ登り急所に銛差し続け、鯨神は吠え勝新は血を浴びる。本郷も続こうとするが志村に止められ、勝新は馬力出した鯨神にもろとも運び去られ、沈んでまた浮き上がる。そのとき本郷は飛び移り、急所の鼻面を突き刺し続け、鯨神の哀しそうな眼玉が写り、哀愁のロングトーンの喇叭が鳴り、沈んで浮いてまだ本郷は刺し続け、背中で気絶する本郷に志村の打ち取ったの声が届くのだった。

自宅で寝かされ、腕と足が折れて絶命寸前の本郷、懇願して担架で運ばれ、神父を追い払い、頭だけ切り取った鯨神を見て、よく戦ったな、とうとう死んでしまったなと目玉に語りかける。勝新は死亡。志保は児の父は勝新と告白し、本郷は知っている、勝新は俺を生き残らせるために先に戦ったんだと語る。鯨名主を告げと云う志村と江波にもうすぐ死ぬのに意味はないと答える。

そして「俺は鯨神になるのだ」と確信して浜で死んでゆく。このラストの科白で鯨神との対決は神事と宣誓され、物語はランクを一段上げている。勝新もまたその世界の一員だった、ということなのだろう。ただ個人的には、こういう神話世界の顕現という主題に厭きちゃったので、空々しさも感じた。捕鯨やイルカ漁を正当化するのに固有の伝統を持ち出す論法に、本作は奇妙に寄り添っている処がある。戦争で鉄砲持つ兵隊も、それを神事と感じる瞬間があるのだろう。人が動物や人を殺す瞬間には、そのような原始的な感情が湧き上がるものろう。しかし、それだけで理性抜きに現実を美化するのは如何わしいと思う。

(評価:★3)

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