コメンテータ
ランキング
HELP

[コメント] コール(2002/米=独)

映画における罪の重さと罰の重さについて考えさせらます。
脚がグンバツの男

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







ふつう映画では、とんでもない悪党には悲惨な最期が、そこそこの悪党にはそれ相応の罰が用意されているものである。そこそこの悪党が酷い目にあってしまう例外もあるけれど、それは救いようのない結末だったり、この世の無常をテーマにした作品の場合で、この作品はどれにもあてはまらない。

誘拐は重い罪である。でも作中でかなり意図的に「これまでの誘拐で人質を傷つけたことがない」「子供が病気だと知りうろたえ薬を届ける」「逆恨みとはいえ自分の子供を亡くしている」など犯人への同情を煽る描写があることから、観客に途中まで被害者家族と犯人グループ、どちらにも半分ずつ感情を移入しながら観させるといった作意が感じられる。

ただその割にはちゃっかりやることはやるんかい!と寝室のシーンが悪意として印象的に描かれていたり、まだコトに及ぶ前に犯人が切り付けられてしまったりと、善悪の綱引きがブレブレであることは否めない。

そしてそのまま終盤に突入。飛行機で道路に着陸しトレーラーと交通事故を起こす父親、事故に巻き込まれ子供を逃がそうとする犯人、その犯人を問い詰める父親、そこへやってきて父親を撃つ犯人、犯人を殴る母親、と攻守がめまぐるしく入れ替わる泥仕合。

最終的に主犯が死んでめでたしめでたし、とはいかないでしょう。かといって無常節でもない。率直に言って、普通に生きるのがへたくそな犯人たちが結局どうでもいい家族に殺された、といった感想を持ちました。つまりはっきりとした善悪の判断ができなければ、スカッとするでもなく同情するでもない、感情のやり場すらないということに気が付きました。

(評価:★2)

投票

このコメントを気に入った人達 (0 人)投票はまだありません

コメンテータ(コメントを公開している登録ユーザ)は他の人のコメントに投票ができます。なお、自分のものには投票できません。