[コメント] 朝の波紋(1952/日)
高峰は小さな商事会社の社長秘書。社長は清水将夫で、意地悪そうな重役に斎藤達雄がいる。そして、高峰を応援する(明らかに気がある)男性社員で岡田英次。
高峰の家は六本木辺り。帰宅すると、唐突に玄関先で毛布を被った男が現れる。オバケに扮したつもりらしい。これが池部良との出会いの場面だ。高峰の家で預かっている親戚の子供、ケンイチ−岡本克政(『我が家は楽し』では高峰の弟役)の親友と云う。ケンイチの犬−ペケの訓練(不審者にちゃんと吠えさせる目的)だった。このシーンで、画面奥から犬を抱いた婦人が手前に歩いて来る画面も面白い。この婦人は高峰の母親の瀧花久子で、テリア犬−ナナを抱いている(負んぶしたりもする)。この後、何度か悪戯好きの雑種犬ペケと血統書付きのナナが対比される場面が出て来るが、これは寓意があるだろう。
瀧花と高峰の家は大きくは無いがそれでも庭のあるそこそこの家であり(血統書付きの犬を飼えるぐらい)、対して、ケンイチの母−三宅邦子は箱根の旅館で女中をしていて(ケンイチには事務仕事をしていると偽っている)、父親は戦死したという科白があるが、家も焼けたのだろうと想像できる。
六本木辺りでも、道路横や空き地には瓦礫が残っているし、焼け跡のような野原のシーンもある。さらに、池部の家が、思いの外大邸宅だと分かる見せ方も面白いが、かなり荒れてもいて、お化け屋敷みたい、と高峰は云う。ちなみに玄関の銅鑼を叩くと、出て来るのが婆やの浦辺粂子で、彼女のコメディリリーフは、いつも以上に極端な造型だ(変な髪型と耳が遠いキャラ)。ついでに云うと、岡田も後半の科白から、ある程度の財産家のように思われる。
また、台所での母親との会話で、高峰は、ビルマで戦死した男性の面影を引きずっている、というような科白があり、朝、出勤時に池部と再会するシーンでは、池部は空を見上げて、ビルマで見た空と同じだ、と云う(ちょっとワザとらしいとも思う)。聞くと池部も商社勤めで、誰もが知るような大企業という設定だ。中盤は、高峰と岡田の2人が企画した商談と、池部の会社が競合する状況が尺を取って描かれる。このプロットでは、隅田川のボートレース会場にいる池部のところに、いきなり現れた岡田と高峰が(特に岡田が)、食って掛かるシーンや、高峰の神戸出張のシーンなどが見どころになる。隅田川の場面で、池部が岡田たちに全く反論せず、静かに「懇懇の知己」(こんこんちきの洒落)と呟くのがいい。
終盤は、瀧花からペケを捨てるように云われたケンイチの家出と、その捜索のシーケンスとなり、池部と高峰が険悪な雰囲気で浅草を回る。吾妻橋に近い隅田川べりのシーンでは(対岸にはアサヒビールの工場のネオンサインが見える辺り)、バタ屋部落の人々と思われるショットもあり、五所が後に撮った『蟻の街のマリア』を思い出す。キリスト教との関連で云うと、国分寺の児童養護施設(サレジオ学園)にケンイチがいると分かり、こゝで、シスター役の香川京子がワンシーンのみ登場するが、その清涼効果は大きい。岡田や斎藤の描き方も良く出来ているし、エンディングも良いショットで締めくくられて満足感はあるけれど、全体に詰め込み過ぎの感覚も残る(こゝでは割愛した重要な人物やプロットが多数ある)。原作小説が読みたくなった。
#備忘でその他の配役等を記述します。
・高峰の父親は汐見洋。印税が入るような科白があるので作家か。
・池部の会社の社長で高田稔。同僚で高峰と岡田の仕事を妨害する稲葉義男。胸を病んでいる同僚の田中春男も重要な役割。池部の上司は小倉繁か。
・池部の妹は沢村契恵子で美術学校生。池部のボート部の後輩−沼田曜一。沼田の家は、浅草で「どぜう屋」をしている。沼田の母親は吉川満子。池部のボート部の先輩として上原謙。宴会場面では若月輝夫がいる。
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