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[コメント] 還って来た男(1944/日)

私が見た版はクレジット無し。1944年6月完成と出る。川島雄三の初監督作。その始まりは、階段のある坂道を坂下から撮った、ゆっくり前進移動するショットだ。坂の上(階段の上)で子供たちが馬跳び遊び(馬乗り)をしている。
ゑぎ

 いいオープニングじゃないか。階段の途中には小学校(夕陽丘国民学校)の門がある。これは後のシーンで分かる。メインの舞台は大阪。冒頭は一人の生徒(男の子)が階段の途中でコケて膝を擦りむき、女性の先生二人−田中絹代草島競子が手当をしてやる場面。男の子は、新聞配達の途中で、明日、名古屋の工場へ行くと云う。

 続いてカメラは歩く田中と草島を追う。田中はパンツルック。草島はスカート。そこに男−日守新一が声をかける。髭面。晴れているのに傘を持っている。草島の知り合いの新聞記者だ。草島は、あなたに会うといつも雨が降る、と云うのだが、矢張り、すぐに雨が降って来る。本作は日守が雨を導く雨の映画でもある。次に土砂降りの中、新聞配達をする冒頭の少年の、素晴らしい移動ショットを繋ぐのだ。

 少年の家はレコード屋(矢野名曲堂という)。お姉さんは文谷千代子。お父さんは小堀誠。このレコード屋の場面では、ベートーヴェンの5番やショパン「雨だれ」を聞く日守のシーンがある。1944年の時期でも、まだこれぐらいの余裕はあったのだ。また、ブルーノ・ワルターのポスターが貼られており、ビクターの犬が見える。壁に飾られているのはベートーヴェンのデスマスクか。

 そして、翌日の名古屋への汽車の中、小堀と男の子。米原駅で停車した場面で、ホームを挟んだ関西方面への列車の窓に佐野周二が登場する。この登場シーンもいい。弁当を求めるが、汽車が走り出すという演出。佐野の前の席には三浦光子がいて、詰め将棋をしている。佐野は戦地から帰って来た医者。三浦はハワイから交換船で帰国したと、サラッと戦時下の事情を伝える。こゝから将棋盤のマッチカットで笠智衆と息子の佐野のシーンに繋ぐというカッティングだ。マッチカットと云うことでは、この後、笠智衆が持っている仏像から奈良東大寺の大仏へ繋ぐカッティングもある。もう、この第一作の時点で才気走った演出を見せるのだ。

 奈良の大仏の場面は、佐野と三浦の偶然の再会の場面だが、こゝからあと2回、大阪、神戸で佐野と三浦は偶然の再会を重ねるという、佐野の行くところには必ず三浦がいる、と思えるような、川島らしいスモールワールド攻撃が炸裂する。余りに非現実的だが、これはもうギャグなのだろう。劇場内笑いが起こる。

 仔細は割愛するが、本作のプロットは、佐野が、こゝまで記載したすべての女性(田中、草島、文谷、そして当然ながら三浦)から好意を寄せられるという、モテモテ状態に突入していく映画なのだ。よくこんな筋書きが検閲で引っ掛からなかったなという感想も持つが、佐野は、戦地(マレー)の子供たちが悲惨な状態であることを見て、日本の虚弱児童のために施設を作ろうと考えている人物であり、草島は南方の小学校へ転任を願い出るし、日守も従軍記者を志す、そして、名古屋の工場へ子供を出す父親の小堀は「人間は体を責めて働かなきゃ嘘だ」というのが口癖だ。このようなキャラたちの側面が時流に則っており、隠れ蓑になったのだろうが、しかし、本筋のプロットは、全きラブコメディであるというところがいいじゃないか。織田作之助と川島雄三らしさを感じる。

 さて、配役から田中絹代がヒロインであることは想像がつくが、彼女と佐野を結びつけるのが、巻き脚絆(ゲートル)というのも、この時代らしいが洒落ている。これは佐野が運動会の長距離走へ飛び入り参加した際に学校から借りて使ったものなのだが、これを職員室へ返しに行くやりとりを導く部分では、三浦との再会とは異なり、偶然ではない理屈作りを周到に行う、というところも対比が効いてよく考えられていると感じさせるのだ(だからこそ、三浦との再会のクダリはギャグになる)。また、田中のドキドキ演技、その表情変化のスピードとタイミングがたまらない。この人の演技はいつも独創的だ。そして、エンディングは冒頭と同じ、階段のある坂の途中の校門の前。佐野の「僕は落第ですか。及第ですか」に対する田中の返事もたまらない。二人を後退移動で見せるカメラ。後景には、馬跳び遊びをしている子供たちが小さく映っている。あゝ川島の監督デビュー作は、やっぱり素晴らしい作品だ。

(評価:★4)

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