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[コメント] 俺もお前も(1946/日)

私は本作のような屈託のないリベラルの肯定こそナルセ映画の本質だと思っている。挫折を描くのが上手過ぎたのは壮大な付録に過ぎないのではないか(含『生まれてはみたけれど』のネタバレ)。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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金持ちに取り入る幇間芸と鳥羽陽之助の社長をやっつけるチャップリン系風刺。お笑いの二極が出し入れされて対照される。本作はナルセのオリジナル脚本。初期にナンセンス喜劇を連発しているのだから造詣深かっただろう。家族の前で上司にへつらい恥を晒すのは『生まれてはみたけれど』が想起される。あちらの結末は少年たちの入隊希望による不平等の解消だったのに対して、本作はアチャコの息子の篠原実とともに労使による解決が目指される。労働基準法の制定は本作の翌年である。

エンタツアチャコは自らの幇間芸を犠牲に差し出しつつ軍需企業を告発するに至る。エンタツは宴席の控室で女装しての踊りの稽古しているときに、娘の山根寿子からお父さん次女の彼氏が来ているから止めてくださいと諭されて止めてしまう。ここは物語が白熱する処で、芸人の矜持とは、それでも舞台に立つことなのか、それとも次女のために止めること自体も含めて芸の道なのか、というジレンマが先鋭化されていた。

軍需産業の批判は同年のキノシタ『大曽根家の朝』や亀井文夫『日本の悲劇』とも共通する切り口。『浦島太郎』に続くナルセの民主化映画でリベラルだが、取ってつけた感は皆無。ナルセは戦前から民主化派なのだから。老年の諦念のみをナルセ映画と見做されてはナルセは不本意に違いない。漫才に紛れて流暢にこれを語る芸は見事である。ただし、本作は軍需産業に奉公した自己批判に乏しいのは弱い。

46年なのに戦災などどこにもなかったような描写は異様に見える。どこまでリアルなのか、観客は焼け跡など見たくないだろうという配慮なのか。エンタツ・アチャコはコンビ解消後も映画だけはコンビを組んでいた時代の由。ふたりの喋くりに明らかな差別用語(聾唖学校出身者)があるのが残念。

(評価:★4)

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