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[コメント] 白いカラス(2003/米)

コールマン教授の威光が逆光となり見ることのできない過去を、一本の針で突き通すようにつなげていく緊張感が秀逸。公民権運動、ベトナム戦争、家庭崩壊という50年間のアメリカ史を沈黙の中で見つめ、20世紀の終焉とともに幕を閉じた人生が痛ましい。
ぽんしゅう

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







コールマン教授(アンソニー・パーキンス)が、自分の家族とともに黒人の身分を棄てる決意をしたのは、おそらく1950年前後のことだろう。しかし、その僅か7年後には公民権設置委員会が作られ、64年に公民権法が施行される。

コールマン教授の息子の世代にあたる暴力亭主レスター(エド・ハリス)は、おそらく70年前後の泥沼化したベトナム戦線に20歳前後で送られ心に深い傷を負ったのだろう。そして、その後の人生を癒えることのない不安と痛みとともに歩んだのだ。

コールマン教授がアイデンティティを棄ててまで成りきった、幸福でなければならないはずの白人の娘ファーニア(二コール・キッドマン)は、60年代に生まれ家庭崩壊、義父の性的虐待、夫の暴力とういうまさに70年代以降のアメリカを象徴する価値の混乱の中に生きている。

そしてファー二ーは、コールマン教授の孫にあたる年代の子供を事故で亡くしている。ここで思い出されるのは、コールマンが黒人を棄てる際に母親に子供はつくるつもりだと言っていたことだ。しかし、彼に子供はなく、黒人としての血も白人としての栄光も継ぐ者はいなかった。

コールマンの恋は老いらくの火遊びから始まり、やがて真剣な愛に変わっていったのだ。彼がファーニアとの間に、子供をもうけること望んだとしても、そしてたとえその子供の肌が褐色であったとしてもだ。小説家ザッカーマン(ゲイリー・シニーズ)が、コールマンは誰かに自分の秘密を明かしただろうかと問われ、一人にだけ明かしたはずだと答えたように。

ロバート・ベットン監督は、20世紀後半のアメリカを痛みを隠しながら生き、20世紀の終わりとともに幕を閉じたコールマンの人生を通して、未だ痛みを抱え続ける埋もれた人々の姿があることを静かに、且つ緊張感あふれる演出で描ききった。最後に、ひとり自己を回復する作家ザッカーマンの姿か唯一の救いだ。

(評価:★3)

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