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[コメント] セルピコ(1973/米)

 市警察の改革は、はたしてセルピコの意図したものだったのだろうか?
大魔人

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







 まず、私はセルピコに会った事もないし、この先会って直接話を聞く機会はないだろうと思う。私がセルピコに関して知っている事といえば、映画と本の中の情報くらいしかない。この中でセルピコという人物は聖人君子とまではいかないまでも、曲がった事の大嫌いなとても真面目な警官という設定で登場する。事実、彼がリークした情報が元となり、果てはニューヨーク市警察というつかみ所がないほど巨大な組織が大激震の末、「仕方なく」警察内部大改革を迫られることとなったのである。

 「仕方なく」という部分は、後で話すとして、当のセルピコは警察官は警察官らしく、真面目にその職務を全うするべきだと考えていたと推測される。もちろん、私自身も世の中がそのような人間ばかりで構成され、警察のみならず全ての人が社会規範を遵守し、平和に暮らせたらなんて素晴らしいだろう!と思わなくもない。しかし、悲しいかな世の中そんな単純なものではない。実際、セルピコのような生き方をしていると組織から弾かれ遠ざけられてしまうのが関の山である。

 では、セルピコはどうするべきだったのだろうか?彼の行動は間違いだったのだろうか?僕の中では、「彼の起こした行動に関していうと正解も不正解もないとしか言いようがない」ことになっている。なぜなら、どの道を選択しても、セルピコ(が描かれている通りの人間なら)は、いずれその組織から追い出されるか、自分から辞める運命だったと推測されるからである。もし、セルピコがもう少し自分のこだわりを捨てられる人だったら、不本意ながらも長く警察官として勤務をする事ができたのだろうに。と思う。

 さて、「仕方なく」という部分に話を戻すが、大きな組織の上層部は、たいていの場合、「自分の任期中に改革なんてしたくない」と思っているはずである。理事者側が、組織の今の流れを止めたくないと思うのは至極当然のことで、もし、その組織にヤミの部分があっても自浄作用は働かないことが圧倒的に多いだろう。にもかかわらず、ニューヨーク市警が改革を余儀なくされたのは、セルピコという(一般民衆から見た)ヒーローが登場したからであろうか?

 私の勝手な思い込みで話をすると、この「仕方ない」改革は、外圧によってもたらされた産物だと解釈している。ここでいう外圧とはマスコミ(最近の日本の事件で言うとライブドアやヒューザー・姉歯等『誤解のなういように:この件の報道が嘘だといっているのではないです』)だ。マスコミが一般読者にもたらす影響は絶大で、もし、彼らが嘘の報道をしたとしても市民は信じてしまうだろう。マスコミは、セルピコが望むも望まざるも彼を担ぎあげ、あるムーブメントを起こしてしまった。結果は、この映画にあるとおりだが、改革によって市警察に明るい光が見えてきた矢先に、それを望んだ(はずの)セルピコは警察を辞職している。もちろん、体のこともあったろうが、彼の本当の思いはどこにあったのだろうかと思う。政治屋さんの、また、マスコミの面白おかしい報道による金儲けの片棒を担がされたのでは?なんてことを言うと方々から苦情がきそうだ。

(評価:★4)

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