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[コメント] ハウルの動く城(2004/日)

宮崎駿には大人の女性の恋は描けないと思う。だから,この話もまさに「シンデレラ」そのもの。でも,オモチャ箱をひっくり返したように夢や楽しさがたくさん詰まっているのは,この作品の大きな魅力。
ワトニイ

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







全体的な印象としては,ハウルの城が一度壊れる前まではとても良かったと思う。ところが,それ以降は,話がご都合主義的にトントン拍子で進み,何が何だかわからなくなってしまった。このため,前半で問いかけた反戦などのメッセージも,うやむやにされてしまった感がある(特にハウルがあれだけ戦争を憎みながら,まだ終結してはいない戦争を尻目に,自分たちだけ楽しそうに空の彼方へ飛び去ってしまうラストはいかがなものか?)。

その最大の理由は,ヒロインソフィーの心の移ろいが殆ど描かれていなかったからではないだろうか。ソフィーは偶然出会ったハウルに一目惚れをした。老婆に変えられた後,またもや偶然ハウルに再会し,本当なら,きっと複雑な思いを抱いたはずだ。「この素敵な青年に再会できてうれしいけど,彼は恐ろしい魔法使いみたいだし,自分も老婆にされてしまった」と。17,8歳の少女なら眠れないほど悩むはずではないだろうか? ところが,彼女にはそんな動揺などまるでない。

それに普通は,一目惚れ→恋→愛というように,相手の内面まで知るにつれて恋愛感情が深まっていくのではないだろうか? いくら優しそうな美青年だからと言って,まだどんなヤツかも良くわからないうちから,いきなり彼のために命を投げ出そうという女性はいないだろう。そこまでに至るには,それ相応の心境の変化や二人の心の通い合いがあるはずだと思うのだが,この作品ではソフィーは何の疑念も抱かず一途にハウルを愛するようになってしまう。

ヒロインのそういう恋心がきちんと描かれていないから,この話は『シンデレラ』とか『みにくいアヒルの子』みたいなおとぎ話みたいだ。地味でモテなかった少女がある日美青年に見初められ相思相愛の仲になりましたとか,醜くて男から相手にされなかった少女が実は心優しく美しい女性でしたというような,非常に単純な話に思えてしまう。

そんな欠点がある反面,この作品には,色鮮やかなガラス玉やブリキ細工でいっぱいのオモチャ箱をひっくり返したような様々な夢や楽しさ,遊び心などの魅力もあるように思う。相変わらず風景や背景の描写が美しいし,丁寧に描きこまれたハウルの城も見事だ。また,ソフィーハウルの描き方はどうも納得できないものの,カルシファーマルクルかかしのカブといった脇役たちは味があって実に楽しい。

以下はかなり長くなりますが,この作品を観て感じたことを過去の宮崎作品とも比較しながら書いてみました。

1.宮崎監督は,大人の女性を描けない?

 宮崎駿監督は,幼い女の子と老婆の描き方は実に巧いが,女性的な魅力を持つ大人の女性を描くのは本当に下手だと思う。だから当然,女の恋心も巧く描けていない。宮崎作品には『天空の城ラピュタ』のシータや『魔女の宅急便』のキキ,あるいはラピュタの海賊の女頭領や『千と千尋の神隠し』の湯婆婆など,幼女や老女には魅力と味のあるキャラクターが数多いが,大人の魅力ある女性キャラは殆ど記憶にない。

 この作品でも,成熟した大人の女性になる一歩手前の少女ソフィーの心の移ろい,すなわち一目惚れした彼女の淡い恋心がどのように愛に変わっていったのかが殆ど描かれていない。夢の中とはいえ,突然「愛してるわ」などというセリフが飛び出したり,かなり唐突な気がする。

2.宮崎監督の女性観

 ヒロインソフィーは色気も華やかさもなく,素朴で地味な少女だ。宮崎監督の理想の女性像は,このように少女がそのまま大人になったような素朴で純粋な女性であるように思われる。『カリオストロの城』のクラリスも美人だが基本的に同じだし,『未来少年コナン』のモンスリーもナイスバディだが,やっぱり色気はなく純情なタイプ。『魔女の宅急便』のお園さんも性格がサバサバと男っぽい上,すでに妊娠し,男に色気を振りまく存在ではなくなっている。このように宮崎作品では,いわゆる女性的な魅力に溢れるキャラクターが殆どいない。その極めつけは,本来典型的なセクシー美女キャラクターであるはずの峰不二子が『カリオストロの城』では,見事に清潔感溢れる強い女性に描かれていることだ。

 この対極にあるのがソフィーの妹マーサ。マリリン・モンローのように見るからに色気ムンムンだし,愛想も良くて誰からもモテモテ。大人の女性の色香に充ちている。ところが,最後に美青年と結ばれるこの作品のヒロインは,この妹ではなく,素朴で純情な姉の方なのである。そして,モテない設定であるはずの姉が端正な顔立ちの美少女風に描かれているのに対し,妹はどう見てもそれほど美形ではなく,濃いアイシャドウを塗って装っているという描かれ方なのである。ここにこそ,宮崎監督の女性観が集約されているのではないだろうか。

3.反戦へのメッセージ?

 反戦もこの作品の大きなテーマの一つなのだろうが,『風の谷のナウシカ』や『未来少年コナン』などと比べると,明らかに描き方が中途半端だ。

 国王に変装して王宮に乗り込んだハウルが「魔法で戦争に勝つことはできない。この宮殿は,魔法で爆弾が当らないように守られているが,宮殿を外れた爆弾はその分街に落ちるのだ」というようなことを言うシーンがある。結局,戦争を終わらせるには魔法は無力なのだ,戦争を憎み,避けようとする人間の意思こそが重要なのであり,一人ひとりがそのための努力をしなければならないのだと。

 このセリフこそ,「コナン」や「ナウシカ」を通じて宮崎作品に終始一貫して流れる反戦のメッセージを見事に象徴していると思う。しかし,このシーン以外は,戦争の描き方は実に平板で表面的である。なぜ戦争が起きたのか,どこの国がどこで戦争しているのか,戦況はどうかなどが一切描かれていない上に,逃げ惑う人々や死んでいく人々なども殆ど描写されていない。

 この中途半端さは,終盤のサリマンの「この馬鹿げた戦争を早く終わらせましょう」というセリフに象徴されている。戦争は,魔法ではなく,人々の努力によってこそ終わらせられるのではなかったのか? 国王ではなく,王室付きの魔法使いに過ぎないサリマンの意思で戦争を止められるのか? それにサリマンのこのセリフ,ハウルを自分の思うように動かせなかったことを知って,かくなる上は…って感じで言っていたのも気になった(だいたい,このサリマンも何のために王室にいて何をしているのかもまったくわからないのだが…)。

 そしてラスト。まだ続いている戦争を尻目に,ハウルの城の仲間たちは幸せそうに空の彼方へ去っていく。まるで,地上で殺されていく市民など関係ないとでも言うかのように。前半で反戦のメッセージを盛り込んでおきながら,このラストはいかがなものだろう? ハウルのあのセリフは何だったの?

 …と,ここまで書いてきて,ふと気づいた。この作品で描かれていた戦争って,もしかしたら単にソフィーハウルの間に立ちはだかる大きな障害に過ぎないのではないか。この戦争の描き方は,極めて私的な視点だけからしか描かれていないのではないかと。だとすれば,どことどこの国が戦争していようと関係ないはずだ。

 そう言えば,ハウルはしばしば城から飛び出し戦っていたが,国王からの招請に応じない彼が一体どこの国の味方をしていたのか,戦闘が行われているところに行って無差別に攻撃していたのかなど良くわからないことだらけだったが,彼のこの謎の戦いも「彼が戦い続けて魔王になってしまったら,ソフィーとの愛が成就しなくなる」がゆえに必要だったのだ。

4.強い父性の不在

 宮崎作品には,力強く存在感のある父親が殆ど出てこないが,今回もソフィーの父は亡くなっているという設定だった。そして,母親も子供を放ったままいつの間にか新しい恋人と再婚を決めており,父親の存在は薄らぐばかりだ。

 過去の作品で唯一,個人的に印象深かった父親は『耳をすませば』のヒロインの父。ところが彼も,しっかり者でハキハキしている母親と対照的に煮え切らない印象しかない。この父親,何となく宮崎監督のイメージに近いような気もするが…。

 考えてみると,宮崎作品では「色気のある女らしい女性」と「力強く逞しい男性」の存在感が極めて薄く,少年・少女と老婆,それと中性的なキャラクター(動物や心を持った無生物)が主要な地位を占めている。

5.美しい背景と緻密な描写

 今回も相変わらず風景や背景の描写がとても美しく,これだけ見ていても飽きないくらいだった。基本的に,背景の描き方などは今までの作品の延長線上にあると思うが,今回は,国旗の組み合わせをはじめピンクと黄色が特に多用されていて新鮮に感じられた。このため,今までの宮崎作品の舞台がどちらかと言うと北欧のイメージが強かったのに比べ,今回は山々や森などは相変わらず北欧風だったものの,港町など南欧の明るいイメージになり,やや新境地を開いたと言っても良いと思う。また,緻密に丁寧に描きこまれたハウルの城の内部・外部も見事で,DVDが発売されたら買って静止させてじっくり眺めたいような気にさせられた。

 私も下手だけど多少絵を描くのだが,普通,絵って単に細かく描き込めば描き込めば良いものでもなくて,かえって余計に不自然になってリアリティがなくなってしまうことが多いのだが,宮崎作品のすごさは緻密さとリアリティが見事に両立しているところだと思う。

6.素朴な疑問

 その他,上映中に気になった疑問点を挙げておきます(かなりヤボなものもありますが…)。

(1) ソフィーは呪いをかけられて体型が変わったのに,なぜ服と帽子がぴったりだったのか?

(2) なぜ老婆になったソフィーは当ても無いのに山を目指したのか? カカシに出会わなかったらどうするつもりだったのか?

(3) どう見ても内向的で保守的だったソフィーが,なぜ老婆になったら急に積極的で快活になったのか?

(4) ソフィーは「歳をとると多少のことにも驚かなくなっていい」と言っていたくせに,なぜハウルのタオルが落ちたくらいで恥ずかしがるのか?

(5) なぜ沼地の魔女はあんなに弱かったのか?

(6) ソフィーの妹はどうなっちゃったのか?

(7) で,ソフィーの呪いは結局解けたの?(解けたのでしょうが,なぜ他の人のように呪いの解けるシーンがなかったの?)

(評価:★4)

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このコメントを気に入った人達 (3 人)uyo[*] アルシュ[*] 4分33秒[*]

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