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[コメント] ブエノスアイレスの夜(2001/スペイン=アルゼンチン)

生まれては消える、それぞれの、そして幾つもの、冷たく暗い独房。
町田

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







気になって少し調べてみたのが、1976年の対ペロン政権軍事クーデターに伴い、思想的、肉体的な弾圧を受けた民間人は二万人をくだらないと言う。この物語は勿論、作り物であろうが、カルメン=セシリア・ロスのような心の傷を負った人や、グスタポのような戦争孤児は、我々日本人が想像する異常にたくさんいるのだろう。非常に奇矯な設定であるが、かといって笑って済ませてしまうには余りに痛々しい。

ミュージシャンとしても活躍するという監督フィト・パエスの監督手腕は、音楽も含めて、お世辞にも巧い、とは言い切れないのだが(但し終盤於ける、夫に死別し、娘に去られる老母の孤独を描写する一連のシーンは見事だった。また人物や言葉よりも太陽に雄弁に語らせたラストシーンも悪くなかった。)、脚本・構成には女性らしい繊細さと大胆さが見て取れた。

オイディプス王のギリシア悲劇を、女性/母親の視点から再構築、現代語訳したかのようなこの物語に於いて、美しい青年が孤独な中年女に惹かれる理由、また、青年が養父を殺害する動機は、殆ど、いや、一切明記されていない。私は、これはむしろ巧いと思った。例えばセシリア・ロスの役に黒木瞳にような、現実離れした若々しい女優を配せば、そして、養父と息子の葛藤をより判りやすく説明的に描けば、それだけでこの問題は解決し、劇はずっとずっとわかり易く、直接的で、センセーショナルなものとなったろうからだ。しかし、私は斜に構えた人間である、今更古典悲劇を判り易く翻訳してもらったところで何の有り難味も感じ得ない。このテーマはこのくらい判り難い方が、私には丁度良かった。

(評価:★3)

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