[コメント] 狩人(1977/仏=独=ギリシャ)
映画を見終った人むけのレビューです。
これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。
まず、この映画を知るためにはギリシャの現代史を少し学んでおく必要がある。
はじめに、この映画が製作された1977年という年(今から35年前)はギリシャ憲法が改正された2年後の話で、ギリシャが国際社会に受け入れられる直前のこと。
かつてのソビエト映画と同じ位置になると見てよい。
そしてこの映画が映し出す内容は、第二次世界大戦後のギリシャ。
これは知らなかったことだが、戦後もずっと内乱のようなことが起きていて、共産主義と軍部と政治とが絡み合う混乱期が長く続いた経緯があるようだ。
そしてこの映画は、戦後30年を経過した現代(当時の)の雪山で狩人に発見された死体をめぐるギリシャ戦後史なのである。
その後のテオ・アンゲロプロス作品を見ると、すでに当時から映画手法が確立されていたことがよくわかる。
たとえば、共産主義を象徴する湖を進む人民は、赤い旗を無数にひろげ、静かに船を漕ぐ。
これは『エレニの旅』に出てくる水没した村の人々が掲げる無数の黒い旗と共通のイメージである。
また、ところどころに出てくるどんちゃん騒ぎも、いくつかの映画に出てくるモチーフである。
そしてこのドラマは、死体を担ぎこんだ家の中に集まる数々の人々が、この死体をめぐって証言する手法で延々3時間もたせてしまう。
その証言とは政治家であり、歌手であり、軍人であり、マフィアであり、あらゆる職業の人々が死体の証言とともに自分の生きた時代について深く語ることで作られている。
途中にセリフで示される「バラ」の言葉は、明らかに共産主義のことを言っており、最後の女性がフロアで悶絶するときのドレスも赤だし、前述の人民が掲げる旗も言うまでもなく共産主義を示している。
つまり、この映画がその都度遡及する時代は、1964年、ギリシャが戦後初めて選挙で元首を選んだ年であり、その直後の1967年にその政権も崩壊するという、めまぐるしい時代のことを示そうとしている。
結論から言うと、ラストシーンで狩人は再び雪山で死体を雪の中に埋める。そして雪の中を山に向かって去ってっゆく。
これはすなわち、過去にあったさまざまな歴史的背景をすべて埋めてしまおう。そして未来に向けて歩こうという意思とも受け取れる。
しかし映画全体を包むアンゲロプロスイズム、それはどんよりとした暗い雲と静かない風景、そんな情景の中にこの物語が真に示そうとするギリシャの未来など描かれているようには見えない。
むしろ「臭いものには蓋」をしようとするギリシャの楽観的な姿勢をどこか皮肉っているように感じられる。
そのことは、昨今のギリシャ危機が如実に示すものだ。
1960年代にまでも革命とクーデターを繰り返す政権不安。
そして肝心なことは見て見ぬふりをする社会など、日本人の我々から見ても辛辣極まりない内容と言える。
そして、それは日本が抱える根源的な不都合ともいえるのである。
アンゲロプロスは、遠い未来を見据えながら、当時の不都合な現実と矛盾を独特の手法で描こうとしていたと考えると、その世界性はかなり強靭なものである。
ギリシャに限らず、世界各国(特に先進国)の抱えた醜い部分をえぐる内容だからだ。
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