[コメント] 女優と詩人(1935/日)
次に屋内の壁を背に、千葉早智子がフレームインし、切り返してナイフを持った三島雅夫が繋がれる。しかしこれは、芝居の稽古だった、というオチ。確かに今見ると使い古された趣向だと思うが、それでもオフの音使いとショット構成の上手い良いオープニングだと思う。さらに、すぐに千葉たちの稽古風景を、2階の窓外から撮った窓越しのショットで見せ、ティルトダウンとパンをして階下(庭)の宇留木浩(エプロンをして洗濯をしている)に繋ぐ演出もキャッチーだ。このカメラワークは最終盤にも反復される。
宇留木の登場以降は、ずっと彼にカメラが寄り添う。まずは、原っぱで子供らと凧揚げに興じるが、写生する女性の邪魔になるという場面。こゝは、童謡「雀の学校」を劇伴に、ワザと科白なしのサイレント映画的な演出で見せる。タイトルの「女優と詩人」は、千葉と宇留木を表しており、2人は夫婦。先に「女優」が来ているので、プロット上はどちらかと云えば千葉が主人公かと想像していたが、ほゞ宇留木が出ずっぱりの彼の主演作と云っていいと思う。
他の主要人物を先に書くと、隣家のオバサン−戸田春子、その亭主が三遊亭金馬(三代目)、別の隣家(空き家)に越してきた「モダンで綺麗」な男女に佐伯秀男と神田千鶴子、そして宇留木の友人で売れない小説書きの藤原釜足ぐらいであり、全編通じて舞台は宇留木と千葉が住んでいる借家周辺及び、藤原の下宿先(たばご屋)のみというミニマルな作品だ。しかし、会話劇としての側面だけでもかなり面白いと思う。特に押しが強くちゃっかりしていて詮索好きの戸田春子がプロットを引っ掻き回して良い存在感。あとは、金馬の口跡と、藤原の飄々として屈託のないキャラも実にいい。
目に留まった良い画面造型を書いておくと、例えば、屋内の階段の使い方。階段上の千葉が宇留木に煙草を買いに行くよう頼む(というか命令に近い)場面の仰角俯瞰。階段上から玄関を撮った俯瞰は後半にも反復される。また、空(から)の画面への人物のフレームインとして、冒頭の千葉だけでなく、宇留木が金馬と二人で酒を飲む場面で、かなり酔っぱらった金馬がタヌキの真似をし踊りながら画面に入って来るショットがあり、続けて、金馬の講談調の口上に合わせて、箒を刀に見立てて振り回す宇留木も画面に入る、といった2連打のフレームインの演出もある。
クライマックスは、千葉が明日初日なのにまだ夫婦喧嘩のシーンの科白が頭に入っていない(夫婦喧嘩をしたことがなく、その気分が分からない)、手伝って、と宇留木に云い出し、セリフ合わせをし始めてからだ。これが本当の喧嘩に発展し、台本の科白と実際のやりとりが反復・錯綜する。これを、戸田と藤原が芝居の稽古と思って笑いながら見る、というのがいい。この一連のシーケンスで、人物を立ったり座ったり、クルっと回転させながら、アクションで繋いで切り返す、成瀬お得意の演出とカッティングが見られるけれど、ただし、今回はそれは僅少に感じた。喧嘩の後、結局、生活費は千葉の稼ぎだが、ウチの主人は宇留木だ、ということで落ち着く帰結は、現在の感覚だと完全に論理破綻しているし、千葉の心持ち(真意)の表出としても前時代的だと感じるが、この点をこれ以上深堀りするのは私の仕事ではないと思うので、これぐらいで置いておく。
#備忘でその他の配役など。
・冒頭、千葉と三島が芝居の稽古をしているシーンには宮野照子もいる。
・序盤に出て来る自転車に乗った洗濯屋の青年は若き大村千吉か?
・宇留木の役名は月風。千葉が「げっぷう!」と高い声で呼び捨てにする。戸田は「ラムネを思い出す」と云い、金馬は「洋服屋が怖い」と云う。
・宇留木は「軍隊に行ったと思えばこれぐらい」みたいな科白を繰り返す。千葉には「この非常時に」という科白もある。
・芝居の稽古(夫婦喧嘩シーン)の科白の中には「キングコングの弟みたい」。
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