[コメント] 限りなき鋪道(1934/日)
最初に主要人物を書いておくと、主人公は銀座の喫茶店の女給・杉子−忍節子。前半は杉子の同僚で同じアパートに住んでいる袈裟子−香取千代子も出番が多く、ダブル主演なのかと思ったが、後半は、杉子がほゞ一人でメインプロットを背負う。
この2人に絡む重要な男優は4人いて、杉子には、冒頭から既に恋人の原田−結城一朗と、中盤で杉子を見初める資産家の山内−山内弘。袈裟子には、恋人未満という感じだが、明らかに袈裟子に惚れている、同じアパートの住人で絵描きの真吉−日守新一がおり、もう一人は杉子の弟の磯野秋雄だ。さらに加えるなら、資産家・山内の母−葛城文子と姉の若葉信子までが主要人物と云っていいだろう。
カメラワークでは相変わらず移動撮影が目に付く。道を歩く杉子と袈裟子を追った仰角移動や、杉子へのゆったりとした前進ドリーでの寄り。特に、終盤の杉子の決心を表現したクローズアップにいたるドリー寄りはこの当時の成瀬らしい。あるいは、会話シーンでの180度の(イマジナリーライン越えの)カメラ位置転換も頻出する。序盤なら杉子が原田から求婚される場面、アパートの部屋での袈裟子との会話場面、後半に入っても、杉子の結婚をめぐって弟と会話する場面で、ドンデン(180度のカメラ位置転換)がある。このドンデンの頻出も手伝って、本作は実に多様なショット繋ぎの映画になっている。
また、成瀬らしいマッチカットとして、足袋(?)を噛む袈裟子に続けて食パンを噛む真吉を繋ぐ、白いものを噛む人物のマッチカットだとか、喫茶店の餡蜜(?)の容器から、バーのショットグラスへ繋ぐ処理だとか。あるいはマッチカットではないが、道を歩く人物の後景に走る列車や市電を映し込むカッティングや、終盤の自動車の崖からの転落事故の見せ方なんて、車体を全く映さずに転落を表現するカット割りの上手さには感嘆する。
あと、これは原作かスクリプトに関する事柄かも知れないが、いくつかの近似の出来事が反復される点をあげておきたい。一つは、上にも書いたが、自動車事故が2度描かれている点。これにより、前半と後半で異なる2人の人物が病院のベッドに横たわることになる。自動車事故は、戦後の成瀬映画でもプロットをシフトさせる常套手段だ。そして、杉子が誰かに偶然見られてしまう、あるいは、誰かを見るという場面の反復。山内が運転する車の中にいる杉子を銀座の通りで見てしまう原田。山内の車の助手席に座っている杉子を見る彼女の弟の場面もあり、他にも真吉と杉子がたまたま一緒にいるところを、山内の姉に見られるといったシーン。そして、最終盤では杉子が乗合自動車の中に一人でいる原田を見る。
さて、ラストの受け取り方は人それぞれだろうが、私は非常に力強い女性讃歌に思える。尚、最後に書くことになったが、開巻アバンタイトルは、住宅地やオフィス街、下町(ドヤ街?)などの風景を短く繋いだものであり、ラストカットは銀座の街頭だ。タイトルにある「舗道」は、第一義には登場人物の、かも知れないが、観客含めた人びとの「人生」を象徴したネーミングだろうと思う。
#備忘でその他の配役などを記述します。
・銀座の喫茶店には常連客で三井秀男(弘次)がいつもいる。喫茶店の店員には阿部正三郎。ホットケーキを焼く。
・自由が丘撮影所のスカウトは笠智衆。目立つ役なのにノンジクレジットが残念。
・原田−結城一朗の勤める会社の少年給仕は突貫小僧。当時のよくある会社風景。
・山内に姉が勧めた女性はモダンな井上雪子。山内はお転婆娘と云う。
・唐突に坂本武の登場。日守新一が描く街頭似顔絵の客でゲスト出演。
・袈裟子−香取千代子と日守新一は自由が丘撮影所に勤めることになる。
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