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[コメント] カミュなんて知らない(2005/日)

「不条理」をドラマが扱って半世紀、もう出がらし状態であり、ここでは主題を穿たない方便の機能しか果たしていない。
寒山拾得

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

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十九歳の地図』や『さらば愛しき大地』の物語構築は放棄され、学園紙芝居のフォニィっぽさが蔓延している。撮影は上等だが比べてくださいと科白に引用される映画と比べれば地味だし、演技指導の件のせいで俳優たちはみんな演技しているように見える。そういう疑似世界が狙いなのだろう。全般に『水の中の八月』とか『生きているものはいないのか』とかの石井岳龍が想起させられ、血みどろを出さない処にオリジナリティがあるのかなと思っていたら最後に結局血みどろになる。これなら昔の柳町のほうが上等だろう。

本作の面白さは性愛への閾値の低い群像劇にあり、学園の人工的な雰囲気に馴染みがよく、中原の『櫻の園』がなんとなく思い起こされる。柏原収史のような女にゾンザイなのにモテまくるアクマのような男というのはいるもので、よく判らないが危険な感じの中泉英雄の危うさもいい。しかし、ふたりに懲罰を与える作劇、フラれる吉川ひなのの『アデル』と金井勇太の『ヴェニス』(彼の教授室での最後だけ撮影が面白くないのはなぜなんだろう)がカットバックで交錯する処、前田愛が戻ってきた彼氏に浮気を謝罪する処でもって、主題は常識的な道徳観に収まり突き抜けない。

終盤の撮影を介した虚構と現実の交錯は面白味があり、このリハを扉で締め切って見せない手口が効いており、田舎の一軒屋がまたよく撮れていて山谷初男のセレクトはさすがではある。がしかし、この不条理殺人とそこまでの恋愛劇との喰い合わせがどうも巧く収まっておらず、個別のアイディアを無理矢理押し込んだように観えてしまう。全体として何が語りたいのかが散漫になっている。無理矢理意味を引き出すこともできるんだろうけど、そこまでして褒める映画でもない。

人を殺してみたかった青年の話は平凡で何も穿っておらず、「不条理」は穿たない方便としての機能しか果たしていない。もう半世紀前の小説だよ。ハリウッド古典の道徳観が摩耗して以降、「不条理」は映画で便利に使われ過ぎた。『水の中のナイフ』『ウィークエンド』『ラルジャン』など数多の傑作を彩ったあともうネタは尽きており、今や「不条理」は平凡の代名詞でしかない。本作は「不条理」を知らんぷりをして同じことをしているだけだった。何かこうもっと、新たな切り口は出てこないものなのだろうか。立教大学は比較的どうでもいいことだが『探偵物語』が思い起こされた。

(評価:★3)

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