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[コメント] クラッシュ(2005/米=独)

この映画に救いはあるのだろうか?
chokobo

**ネタバレ注意**
映画を見終った人むけのレビューです。

これ以降の文章には映画の内容に関する重要な情報が書かれています。
まだ映画を見ていない人がみると映画の面白さを損なうことがありますのでご注意下さい。







日本人が描くと、こういう映画にはならない。内田けんじ監督の『運命じゃない人』という作品を思い出したから、そう思ったのかもしれないが、日本人にはこの衝突がない、ということだ。

日本人は人と人が正面から罵りあい、相手の弱みをズケズケと物申すような衝突(クラッシュ)を好まない。(というか習慣にない)それは、人種の問題がほとんどないからだ。例えば、日本国内で同様の問題があったとしても、それは東洋人に対してであって、欧米人に対する偏見はあたらない。第二次世界大戦の敗戦国であって、戦後欧米の文化が急激に流入したことにもよるのだろうが、この映画でいう白人と黒人などという衝突は絶対にない。

せこい話をすれば、関西人と東京人というような衝突はあるかもしれないが、これは命にかかわるような危険がない。

運命じゃない人で表現されていたのはもっとコミカルで且つサスペンス色が強い。もともと日本人の衝突は古く戦国時代のことを考えてももっと瑣末な戦いである。黒澤明監督の『』を思い起こせばわかる。つまり群像劇になってしまうのだ。戦争映画にしてもそうだ。『トラ・トラ・トラ』の真珠湾攻撃にしてもそうだが、主人公がありながら群像劇になってしまう。これが日本のクラッシュである。一人では戦わない。個々の衝突がない。(最近はそうでもないのか・・・すぐ人を殺してしまう社会を思えば・・・)

この映画の巧みさは、『パルプ・フィクション』や『トラフィック』の例えでもあるように、多数の人物が交錯することによって最後にクライマックスを持ってくるという点である。こえはハリウッドマイナー映画のトレンドになっている。そして時間も行き来する。(きっと2度見るともっと面白いのかもしれない)これは『パルプ・フィクション』である。デビット・リンチ監督の『マルホランド・ドライブ』にも近いかもしれない。

そして何より、個々の小さな物語が丁寧にしかも簡潔に描かれている点は群を抜いていると言えよう。こういう映画は時としてくどくなりすぎる。また作者だけが理解して観客の理解が及ばない場合がある。しかしこの映画は違う。特にイラク人のエピソードが丁寧だった。ここが最も感動するシーンなのだが、彼が店を破壊されて逆恨みに鍵を直した職人の家で発砲するシーン。ここで現れた「天使」とは、実は空砲を買い込んでいた娘だったということだ。

もうひとつ、マット・ディロンのエピソードは感動的だが複雑だ。巡回パトロールで黒人夫婦が同上する車を停め、妻の体をなめるように身体検査するシーンと、その妻が別のシーンで事故を起こし、マット・ディロンが命がけで救出するシーンとのつながりにはいったい何のかかわりがあるというのだろうか。しかしながら、この不思議な不思議なシーンに我々はなぜか感動する。これは理屈ではないのかもしれない。前者の巡回シーンは夜、救出シーンは昼間。そして救出シーンの後ろに広がる青い空がとても印象的だ。

救いがあるシーンはこの程度で、実はこの映画全体は救いのないドラマの連続である。言わなくて良い言葉で相手を罵倒し、些細なことをきっかけにぶつかりあう。最も救いのないシーンは若い警官がプライベートで乗せた黒人の友人を射殺するシーンだ。一瞬車の中が光って、小さな銃声とともにこのシーンはほとんど終わる。この警官(巡査)は個人的に前出のマット・ディロンの行動を批判し、人種差別主義を良く思わない若者だ。ところが実際は小さな感情の衝動で殺人をおかしてしまう。そしてこの事実は闇に葬られるのであろう。

そしてこの殺された若い黒人の兄がドン・チードル扮するグラハムという刑事だ。この男も人種の厚い壁に悩む男である。そして何より、母親から見放されている。できの悪い弟より、自分が母親から信頼されていないことに悩む。その原因が白人社会に埋没し、妥協する自分にあることを理解しているのだが、できない。弟の死体を見て泣き崩れる母親を抱く彼と、その壁の色の白さが映画的だ。黒人の親子と病院の白い壁。

映画は冒頭からぼんやりと町並みをカメラのピントを合わせずに、色とりどりの車のライトが行きかうシーンとしてスタートさせる。それは普段誰もが思っていながら言葉にしない平穏の世界を闇に包むようなシーンだ。

カメラのピントがあうのに従い、人と人がクラッシュする。

この映画を支配する「矛盾」それが最後のシーンに見事に表現される。この映画では最も端役として登場する、病院の事務をする黒人女性の乗る車に、イラク人に保険金が支給されないこと宣告する東洋人(日本人か)の車が衝突するシーンで終わる。

白人と黒人の物語が、いつの間にかイラン人や中国人などあらゆる人種を巻き込んで終わるこのシーンは素晴らしい。

この映画は「救いがない」という事実と、人の中に潜む「矛盾」とを同時にドラマチックに表現した点で評価できる。

(評価:★4)

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